(大賞)廣瀬直人先生(選評)
問いの片歌 四 また上がる一本のバー見上げる高さ
からだじゅうからっぽにして走り出してる 谷口ありさ 三五歳 女性
問いの片歌は陸上競技の走り高跳びとか棒高跳びの景を設定してみました。おそらくこれが最後の跳躍という場面を想定した発想でしょうか。欲を捨てて無心の状態こそこういう場合に最も求められるものだと思われたのでしょう。ただこの表現、そんな理屈からはいっさい離れて具体的な言葉で表したところに選手の決意が見えてきます。わずか十九音で表現する世界ですから説明する部分を捨てたずばり対象に踏み込む姿勢が何よりも求められます。
(山梨県知事賞)もりまりこ先生(選評)
問いの片歌 一 ひらがなできもちつたえてゆびきりしよう
こころにはふれればひびくがっきがあって 小笠原久枝 七五歳 女性
こころのずっと奥には、ささやかな弦をたずさえたこんな楽器をひとりひとりのからだがもっているかもしれない。琴線の在処を教えてくれるようなそんな不思議な気持ちを誘っています。すべてをひらがなで放った問いに、寄り添う形のひらがなの返事。問いと答えの呼吸のリズムがぴったりと重なった心地よさが読む人のこころの中にも着地します。どんなきもちなのかは、答えることなく、こころとこころの中で伝え合っているような静かな行き交い。ふと、こころの弦を弾いた時のかすかな音が、あたりに一瞬響いてたちまち消えてゆくようです。
(山梨県教育委員会教育長賞)今野寿美先生(選評)
問いの片歌 二 鳥がゆき明日も天気と決めて見る空
君が住む遠い町にもつながっている 逢坂久美子 四六歳 女性
恋の趣ですが、「遠い町」に思いを寄せていることから、秘めた曲折を匂わせます。思いは遂げられなかったものの忘れきれない相手を偲ぶ気持ちでしょうか。思い合う仲の相手が、遠くに住んでいて、日暮れの空を眺めれば、せつないほど恋い慕うのだということでしょうか。どちらかというと、悲恋の方が余韻を残すように思いますが、事情や経緯などは一切抜きにして、この空はちゃんとつながっているのだというのみにとどめるところが片歌のよさでしょう。それだけで満たされる心にこそ、恋のほのかな情感が匂うのですから。
(甲府市長賞)三枝昂之先生(選評)
問いの片歌 三 ああこれでみんな揃ったさてはじめよう
永遠を信じてしまうこの温かさ 金巻未来 十五歳 女性 山梨学院大学附属中学校
久しぶりにみんなが集まった同窓会の場面と私は読みました。部活や卒業間近のクラスを見つめたプランなど他の場面を読むことも可能です。どんな場面を考えるにしろ、主題は仲間が集まったときの盛り上がり。みんなが集まったときの楽しさを競い合ってくださいという私の問いに、金巻さんは何をするのかには触れないで、連帯感の熱さだけに絞り、それを「永遠を信じてしまう」と表現したところが見事でした。楽しさ熱さがもっとも生きていたのがこの答の片歌と判断しました。
(アルテア賞)もりまりこ先生(選評)
問いの片歌 一 ひらがなできもちつたえてゆびきりしよう
ぬくもりとことばがそっとからまるしゅんかん 佐藤飼T 十五歳 女性 古川学園中学校
ゆびきりをした後の指のあたたかさ。目の前にいる誰かと交わした言葉が胸に響いた瞬間を、ひらがなのもつやわらかさにからませながら表現しています。言葉がひとつのボールだとしたら、そのボールがゆっくりと描く放物線までをも鮮やかに表現しています。答えに移るまでの時間の流れが、たちまちスローモーションを見ているような、速度の変化が魅力的です。ぬくもりを与えてくれた誰かの存在の輪郭が、言葉にならない言葉でくっきりと描かれていて、あたたかさを教えてくれるのはモノローグでないことに改めて気づかされました。 |