第十二回酒折連歌賞 総評


問いの片歌 一   ひらがなできもちつたえてゆびきりしよう  もりまりこ先生

 いつだったか中勘助さんの小説を読んでいた時、とても印象的な文章に出会った事がありました。ひらがなの「を」のかたちは女の人がすわっている形に似ているねというような意味だったのですが。そのことがどこか頭の片隅にあったせいなのか、ひらがなは、とても気になる存在になってゆきました。いつかひらがなに託したうたを作ってみたいと思って問いかけてみたのが今回の片歌です。
 漢字をひらがなにひらくと、こころなしかがちがちだった言葉の輪郭がふいにやわらぐような瞬間を覚えることがあります。
 古今和歌集をはじめとする和歌や物語ることの文芸としての隆盛に貢献したひらがな文学が、現代の酒折連歌の片歌問答の中に垣間みることができたらという、ささやかな期待と共に選考に臨みました。思いがけないいくつもの「ひらがなのきもち」に出会えたことをうれしく思います。問いの片歌に呼応するように、答えの片歌もすべてひらがなで答えてくださる多数の片歌の中、印象的だったのはアルテア賞に入賞された10歳の秋山博愛さんの「あのばしょできみのだんろがまっかにそまる」でした。ひらがなのもつ温かさが、十九文字の中に内包されながら、また読んでいる人達のこころのなかへと着地してゆくような心象が伝わってきました。あらためてひらがなに込められた不思議な力に気づかされます。問いと答えの片歌のあわいをつないでいる、みえない道を言葉でたどることの面白さが、酒折連歌の魅力なのかもしれません。来年もこころに止まるような片歌に出会える事を期待しています。


問いの片歌 二   鳥がゆき明日も天気と決めて見る空   今野寿美先生
 
 今回の「問いの片歌」には、暮れかかった空の赤さに、きっと晴れるであろう明日への素直な期待感をこめてみました。一羽であっても空に明瞭な動きを点ずる鳥は、顔をあげてみる気持ちをすうっといざなってくれそうです。
 一瞬でも前向きになれそうな、そんなときの思いを、「喧嘩して別れた訳じゃないのに泣けて」と応えるところには、さすがに人生の起伏や豊かな体験がにじんでいるようです。「諦めたはずの問題また解いてみる」という気概にも、落ち着いた大人の雰囲気を思いますし、「むつまじく夕陽のカタログ見ているふたり」になると「夕陽のカタログ」という言い換えによる巧みさが印象に残りました。刻々と変わってゆく空を、恋人と一緒であるからこそ、いっしんに見つめている心が、静かに伝わってくる表現といえそうです。
 全国の中高生の作品には、十代なりの清新な息づかいが、さわやかに感じられて嬉しいものでした。「雲一つ僕は初めて孤独を知った」の作者は十三歳ですが、実に堅実です。感心しました。「雨なんて私の心の中だけにしたい」は十六歳の作品。思春期のやや憂わしげな表情が可憐です。そして、「その空が自分の明日も快晴にする」も作者は十六歳ですが、問いの片歌をまっすぐに受けとめ、若々しい肯定的な気分を晴れやかに放って頼もしい限りです。
 積みあげれば腰の高さになりそうな応募原稿の一枚一枚を繰りながら、ふとこちらの目に飛び込んでくる五七七に手を止め、読み返して、ああ、いいなと思うときの高揚感を、今回も幾度となく味わいました。


問いの片歌 三   ああこれでみんな揃ったさてはじめよう   三枝昂之先生

 今回の私の片歌、みんなが揃ったらなにをはじめるか、楽しいプランを返してください、と実にシンプルな問いです。同窓会という設定が多いのでは、むしろそのプランに片寄りすぎるのでは、と心配もしました。しかしいろいろなプランが寄せられて、心配無用。絞り込みに苦しみながらの選句となりました。
 「みんな揃った」ですから、まず目についたのは仲間が集まることの楽しさ、信頼感。市長賞の金巻さん以外にも堀口優子さん「それぞれに過ごした時間持ち寄りながら」、印象に残った作品が少なくありませんでした。同じ集まりの楽しさでも工藤藍子さん「ほんとはね二人が良かったなんて思って」をはじめ、誰にも近い経験がありそうで思わず頷いてしまいますね。
 家族勢揃いというプランにもいい答えがありました。私が特に注目したのは海沼実さん「ほうとうを盛る母の顔ほこらしげなり」です。料理自慢の腕の振るい甲斐のある家族勢揃いの場面。ほうとうというメニューも家庭的な温かさにふさわしい。
 さまざまな年齢層が一つの問いへの答えを競い合うところに酒折連歌の楽しさがあります。来年も楽しみながら答えの片歌を寄せてください。


問いの片歌 四  また上がる一本のバー見上げる高さ   廣瀬直人先生

 山梨学院大学の体育面での活躍が全国的なレベルで様々話題に挙げられています。特に昨年の高校サッカーの全国優勝は見事の一語に尽きます。そんな心のはずみがふくらんでくるうちに、よし今回の問いの片歌はスポーツを素材にしてみようと思いたちました。この問いの発想の動機はそこにあったわけです。
私は俳句を作っておりますが、鑑賞や批評の中で気息(きそく)≠ニいう言葉がしばしば使われます。気合い(・・・)という語感とも違う、今自分が俳句にしようとする対象に向ったときの緊強感とか集中力などから生まれる心の状態ではないかと思われます。おそらくスポーツなどの場面にも共通するのではないでしょうか。ところで、今年度の応募作に接しましても、これはと心惹かれる作品にはこの気息の裏付けがある点を見逃すことが出来ません。それと併せて既に十二回を経てきた今、これまでのすぐれた作品から得たものが、その人の個性を通して十分に消化されてきているように感じられました。自分の表現をよりよいものにするためには人さまの作品の中から自分にはない何かを吸収していくのも上達の大切な条件の一つかと思っています。問いと答えをつなぐいわば挨拶のぬくもりを味わえるのが選の醍醐味です。来年度も今年にまさる多くの方の秀作を期待します。

 
第十二回酒折連歌賞 選評

(大賞)廣瀬直人先生(選評)

問いの片歌 四 また上がる一本のバー見上げる高さ

からだじゅうからっぽにして走り出してる  谷口ありさ 三五歳 女性

 問いの片歌は陸上競技の走り高跳びとか棒高跳びの景を設定してみました。おそらくこれが最後の跳躍という場面を想定した発想でしょうか。欲を捨てて無心の状態こそこういう場合に最も求められるものだと思われたのでしょう。ただこの表現、そんな理屈からはいっさい離れて具体的な言葉で表したところに選手の決意が見えてきます。わずか十九音で表現する世界ですから説明する部分を捨てたずばり対象に踏み込む姿勢が何よりも求められます。


(山梨県知事賞)もりまりこ先生(選評)

問いの片歌 一 ひらがなできもちつたえてゆびきりしよう

こころにはふれればひびくがっきがあって  小笠原久枝 七五歳 女性

 こころのずっと奥には、ささやかな弦をたずさえたこんな楽器をひとりひとりのからだがもっているかもしれない。琴線の在処を教えてくれるようなそんな不思議な気持ちを誘っています。すべてをひらがなで放った問いに、寄り添う形のひらがなの返事。問いと答えの呼吸のリズムがぴったりと重なった心地よさが読む人のこころの中にも着地します。どんなきもちなのかは、答えることなく、こころとこころの中で伝え合っているような静かな行き交い。ふと、こころの弦を弾いた時のかすかな音が、あたりに一瞬響いてたちまち消えてゆくようです。


(山梨県教育委員会教育長賞)今野寿美先生(選評)

問いの片歌 二 鳥がゆき明日も天気と決めて見る空

君が住む遠い町にもつながっている  逢坂久美子 四六歳 女性

恋の趣ですが、「遠い町」に思いを寄せていることから、秘めた曲折を匂わせます。思いは遂げられなかったものの忘れきれない相手を偲ぶ気持ちでしょうか。思い合う仲の相手が、遠くに住んでいて、日暮れの空を眺めれば、せつないほど恋い慕うのだということでしょうか。どちらかというと、悲恋の方が余韻を残すように思いますが、事情や経緯などは一切抜きにして、この空はちゃんとつながっているのだというのみにとどめるところが片歌のよさでしょう。それだけで満たされる心にこそ、恋のほのかな情感が匂うのですから。

 


(甲府市長賞)三枝昂之先生(選評)

問いの片歌 三 ああこれでみんな揃ったさてはじめよう

永遠を信じてしまうこの温かさ  金巻未来 十五歳 女性 山梨学院大学附属中学校

 久しぶりにみんなが集まった同窓会の場面と私は読みました。部活や卒業間近のクラスを見つめたプランなど他の場面を読むことも可能です。どんな場面を考えるにしろ、主題は仲間が集まったときの盛り上がり。みんなが集まったときの楽しさを競い合ってくださいという私の問いに、金巻さんは何をするのかには触れないで、連帯感の熱さだけに絞り、それを「永遠を信じてしまう」と表現したところが見事でした。楽しさ熱さがもっとも生きていたのがこの答の片歌と判断しました。

 


(アルテア賞)もりまりこ先生(選評)

問いの片歌 一 ひらがなできもちつたえてゆびきりしよう

ぬくもりとことばがそっとからまるしゅんかん  佐藤飼T 十五歳 女性 古川学園中学校

 ゆびきりをした後の指のあたたかさ。目の前にいる誰かと交わした言葉が胸に響いた瞬間を、ひらがなのもつやわらかさにからませながら表現しています。言葉がひとつのボールだとしたら、そのボールがゆっくりと描く放物線までをも鮮やかに表現しています。答えに移るまでの時間の流れが、たちまちスローモーションを見ているような、速度の変化が魅力的です。ぬくもりを与えてくれた誰かの存在の輪郭が、言葉にならない言葉でくっきりと描かれていて、あたたかさを教えてくれるのはモノローグでないことに改めて気づかされました。



 
     
 

 

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