一般部門 大賞・文部科学大臣賞 宇多喜代子 先生 (選評)
問いの片歌二 森へ入る儀式のように小声でうたう
答えの片歌 動物にお邪魔しますと二礼二拍手 渕上友美奈 三重県
森には熊のようなおおきな生き物から、落葉の下の小虫まで、多くの動物がいます。そこに人間が立ち入る際の礼儀として、私どもが神社での拝礼とおなじ作法の「二礼二拍手」をしました。ほんとうにこのようなことをすれば「なにやってるんだ」と笑われそうですが、森閑とした森を敬う気持ちのあらわれとして、いい答えになっていると感心しました。熊や小虫がどうぞお入りくださいと言ってくれそうです。
一般部門 山梨県知事賞 井上康明 先生 (選評)
問いの片歌一 百年を考えている夏目漱石
答えの片歌 罪悪と言われし戀をまだ知らぬ我 内藤詩乃 山梨県
昨年は、夏目漱石没後百年。漱石は、明治という新しい時代の文明開化とそこに生きる人の心のさまざまな葛藤について考えました。そんな漱石が百年後の日本の行く末を考えていると問いの片歌は語りかけます。
漱石の小説「こころ」では、語り手の青年に向かって「先生」が「恋は罪悪ですよ」「そうして神聖なものですよ」と語ります。漱石は、恋にとらわれた「先生」が「K」という友人を欺き、その罪を背負って生きる姿を描きました。
内藤詩乃さんの答えの片歌は、漱石の小説の人物たちが悩み苦しみ、「罪悪」とまで言った「戀」を「私はまだ知らないのです」と、どんなに時代が変転しても、恋のとば口で足踏みし戸惑う少女である自身を語ります。ういういしい自己を肯定する自恃が若さを語っています。
一般部門 山梨県教育委員会教育長賞 今野寿美 先生 (選評)
問いの片歌五 ニホニウム113をはじまりとして
答えの片歌 神様はあちらこちらでかくれんぼする 古賀由美子 佐賀県
科学の要素に裏を返すごとく非科学的反応をする。確信的手法のひとつですが、茶化しが効いてユーモアも伝わりやすく、短く述べて完結する短詩型文芸には大いに有効だと思います。古賀さんが神様を登場させ、幼子さながらに遊ばせているのも、その意味で引き立っていました。科学の世界はなお神秘に包まれていることがあるはず、という真理をも匂わせて説得力があります。今でも解明されていないことが大半なのかもしれませんね。
一般部門 甲府市長賞 もりまりこ 先生 (選評)
問いの片歌四 十字路で迷子になったちいさな羊
答えの片歌 迷うほど歩いてみたい自分の足で 塔筋一春 大阪府
今まで歩いてきた道を振り返って立ち止まりたくなる時、ふとよぎるかすかな心のゆらぎ。そんな片歌に対して塔筋さんは「迷うほど歩いてみたい自分の足で」と切実に詠われました。齢を重ねて、ふと来し方を思う。そんな日々の祈りにも似た思いが、「迷うほど」という言葉に託されました。それを受けて「自分の足で」と潔さも伴いながらむすばれてゆく。この短い片歌の中に思いの変遷が綴られて、読む人の心にまで沁みとおってゆく作品です。願いがやがて明日への希望につながるような、たしかな足取りさえ浮かんでくる、とても力強い作品でした。
アルテア部門 総評 もりまりこ 先生
ちいさな方から小中高生までのみなさんが、いまの思いをことばに託しながら競っていただくアルテア部門.今回もすてきな作品にたくさん出会えました。
五句の片歌がそれぞれ個性的で、あらゆる方向をみつめているそんな問いかけに果敢に挑戦してくださったことをうれしく思います。
大賞受賞の山本ひかりさんは「十字路で迷子になったちいさな羊」に対して「葉桜の木漏れ日揺れてみんなも揺れた」と答えています。
なにかのはじまりを思う時、希望と同時にかすかな不安も入り混じっている。そんな新しい道と真摯に対峙した思いが「木漏れ日」という言葉に繊細に表現されています。結句で「みんなも揺れた」と畳みかけながら、みんな同じ思いでいることをリズムよく表現されていて魅力的です。そのほかに「ニホニウム113をはじまりとして」の片歌に「かのうせいうんじゃないんだしんじる力」と答えた十才の内藤颯咲さん。見上げるように大きくて高い扉の前でいともたやすく開いてみせたようなことばの連なりが、とても印象深かったです。すべてひらがななのに「力」だけは漢字で表されているところ。問いの片歌に対する賛辞を捧げながら、じぶんを励ましている勇気などもかいまみえてきます。あらためて「しんじる力」の大切さを教えられたような気がします。ちいさなかけらかもしれないそんなことばの種が、すくすくと育って十九文字の片歌に花開くことを、楽しんでいただけたら、とても幸せです。来年もどうぞ、いまの気持ちがぎゅっとつまった作品をお寄せください。
アルテア部門 大賞・文部科学大臣賞 辻村深月 先生 (選評)
問いの片歌四 十字路で迷子になったちいさな羊
答えの片歌 葉桜の木漏れ日揺れてみんなも揺れた 山本ひかり 静岡県
「迷子の羊」の行末を見守るような気持ちで臨んだ選考で、大賞の「葉桜の木漏れ日揺れてみんなも揺れた」は、迷路の向こうに急に季節の風が吹き抜けたような鮮やかさがありました。
葉桜の季節、桜の枝と一緒に揺れる光の透明な輝きに、「みんな」の言葉がさらに呼応します。たったひとり、心細い気持ちでいるのだろうと思った羊の姿に重なる「みんな」にいろんな可能性が広がり、その後に続く「揺れ」にさえ、私には未来が感じられるようでした。迷路の迷いを吹き飛ばす力に満ちた、力強く、美しい歌です。 |