第二十二回酒折連歌賞 総評


問いの片歌一 はればれと一円玉は一グラムです 今野寿美 先生

一円玉が一グラムであると教えられたのは野鳥観察で山道を歩いているときでした。キクイタダキという愛らしい鳥が日本の野鳥のなかで一番小さくて、わずか七グラムほど。一円玉七個分です、と聞いたのです。手のひらに一円玉七枚という想定は、たちまち一羽を手に乗せた感触となって記憶に残りました。同時に、昭和三十年に発行され始めたというこのアルミニウム硬貨が、国際キログラム原器に基づいてきっちり一グラムに設定されたということも、何か気が利いていると思い、「一円玉は一グラム」という七・五のフレーズをどこかで生かしたいと思った次第です。「だから何」とか「常識よ」といった答えに凹みそうにもなりましたが、高橋陽平さんの「だから何言いつつそっと秤にのせる」は、ほんと? という反応を押し隠しているわけで「そっと」試すところがなんともユーモラス。喝采したくなりました。
 答えの片歌が大きく二通りになっていたのは「はればれと」が「一グラムです」にかかるか、この発言の主体の様子をいうのかという理解の差だったようで、前者を想定したわけではありますが、後者の読みもありうると感じています。どちらにも傑作がありました。
 内田彪太郎さんの「三グラム悩む三秒買うレジ袋」。三円を「三グラム」とかけた機転がすばらしい。要るか要らないか、有料となるとたしかに一瞬迷いますね。そこに「三秒」と添える巧みさ。昨年七月からというホットな社会のルールを取り込んで鮮やかでした。
 計測ということから引き出された白川順一さんの「比較する尺度にされる東京ドーム」は切れ味鋭く、松本一美さんの「天秤の一方へ置く五分のたましい」は、一円玉にそれなりの意地を見るところが冴えています。
 たしかに単価最少の一円玉ですが、造幣には三円ほどもかかっているとか、千円札、五千円札、一万円札も一円玉とぴったり同じ一グラムであること、また、一グラムは五カラットだということなどなど、答えの片歌に数々教えられたことも嬉しい副産物でした。


問いの片歌二   親ゆびと小ゆびひろげて距離をはかって  もりまりこ 先生

酒折連歌賞のキャッチフレーズである「言の葉つらねて歌遊び」。この想いに共鳴してくださった皆さんが今年もたくさんの素敵な作品を寄せてくださいました。今年はとりわけ、世界を駆け巡ってしまった感染症のさ中にも関わらず、とても多くの作品が寄せられましたことをうれしく思います。
今回提示したわたしの問いの片歌は、去年の一月以前に書いたものでしたので、奇しくも今もって分厚い雲が覆っている昨今の状況と、どこかシンクロしていることの不思議を感じています。
子供が何かを図る仕草の愛らしさを表現した片歌ですが、そんなシンプルな問いかけに対して、答えの片歌は思いのほか大きな時間の流れを想わせてくれる作品が多数ありました。
 小学校五年生の大熊かおりさんの「ヘレンケラーいつ会えますかアン先生に」。遠くにあったはずの物語の世界観がそばで再現されていて、せつない叫びに似た指の動きまでもがみえてくるようです。
高校二年生の小野田光里さんの「あやとりの糸の長さで成長を知る」。それぞれが過ごした過去と現在の時間の流れを糸に託しているところなどが、鮮やかに表現されていました。
片歌の器のなかに思いを託して放つ。問いと答えがあることで、ひとつの景色をつくりだします。そんな唱和する喜びに満ちた作品を今年も楽しみにしております。


問いの片歌三 歩く意志なくても進む朝の雑踏  宇多喜代子 先生

今回も多くのご応募があり、選者の一人として嬉しい悲鳴をあげました。おっ若い句だと思って年齢を見ると八十歳だったり、この方は倦怠期のご夫婦だろうと思うと、作者は十七歳だったり、選をしながら幾度も「やられた」と思いました。つまり、問いに対してはどのような答えであろうと、年齢性別などにも関係なく、用意された問いと答えで一つの作品を作り上げるのがこの酒折連歌のおもしろいところなのです。
大賞になった荒井さんの<今もまだ>は、歴史の彼方から伊能忠敬を呼び出したところがおもしろく、意外なリアリティがでました。知事賞の武井さんの<放したら>には金輪際放さないとう気持ちがよく出ています。「放さない」から芥川龍之介の小説の『蜘蛛の糸』に至ったところにふくらみがありました。教育長賞の<おげんきで>は現代っ子風なかぐや姫が楽しく、アルテア部門大賞の<恋の歌>は十二歳の杏奈さんのちょっとおませな恋心がきらきらしています。
問いの歌に「つき過ぎてもだめ、離れすぎてもだめ」というのがこの連歌の答えのむつかしいところです。言葉と言葉がぶつかって生まれる意外性を期待したいのですが、ときに独善に陥ったり、飛び過ぎて不可能であったりすることがあります。そのあたりを考慮の端っこにおいて、またの機会にいい答えを出してくださるよう待っております。


問いの片歌四 これだけは手放さないよあきらめないよ  三枝エ之 先生

短歌、俳句、詩、小説など、さまざまな文芸ジャンルがありますが、酒折連歌には他にない特徴があります。
それは問えば必ず答が返ってくる、反応がある、という点です。私は歌人ですから、一年におよそ百首ほどの短歌を作ります。そのときに読者の反応は期待していません。いや、何時か何処かの誰かがきっと反応してくれるはず、と遠い期待は抱きますが、それはあてのない旅のようなものです。詩でも小説でも同じです。
 ところが酒折連歌は五七七で問いかければ、なんと一万以上の反応が返ってくる。こんな文芸は他にはありません。2020年は新型コロナ感染の広がりで、人との交わりを可能な限り遠ざけて巣籠もりを強いられ、その状態は年を越えてなお広がっています。もともと孤独な営為の文芸がますます孤独に押しやられそうなこの時代にこそ、問答詩型としての酒折連歌は大切です。今回選考しながら、まずそのことを強く感じました。
さて私の今回の問いの片歌は「これだけは手放さないよあきらめないよ」でした。
 何を手放さないのか、「これだけは」と特に拘るものが現代にあるのか。そんな問いかけを意識した片歌でした。こうした問いにもっとも素直に反応し、しかも優れた答になった一例は「日国と角川古語と諸橋漢和」だと思います。国語辞典と古語辞典、そして漢和辞典。心強い三冊です。それを具体的な辞書名を生かしながら示したところも見事です。しかし今回は予想外の答も多く、みなさんの豊かな遊び心に脱帽しました。
  そう言って第一走者バトンくれない
 愛知県の高校一年生林壮太さんの答えの片歌です。ユニーク賞があれば絶対これでしょう。渡さなければリレー競技は成立しない。でも渡すのを忘れるほど脇目も振らずに集中してしまう。問いの片歌を作った作者の
想像を超えたこのプラン、センス抜群です。こういう予想外があるから酒折連歌の選考は楽しいのです。
 酒折連歌は言葉のゲームであり、人生の襞を映しだす鏡でもあります。来年も楽しみながら思い切った冒険プランでチャレンジしてください。


問いの片歌五 北斎の富士の角度は三十八度 井上康明 先生

コロナウイルスの猖獗によって、親しく出会い、話し、心を通わせることが困難な状況となりました。酒折連歌は、問いの片歌に対して、答えの片歌によって思いを返す、ささやかな、しかし、心温まる文芸様式です。このような状況であればこそ、あらためて酒折連歌の応答の面白さが見直されたのではないでしょうか。人をつなぎ共感へ誘う応答が、このコロナ禍の時代に、大切なこととして実感されたのではないかと思います。
同時に、今回の受賞作品は、時代の流れを映しています。知事賞の武井さんの「放したら地獄戻りのこの蜘蛛の糸」は、コロナ禍で苦しむ現代をストレートに連想させます。芥川龍之介の童話「蜘蛛の糸」のなかで、?陀多は極楽からお釈迦様が垂らした蜘蛛の糸に必死につかまります。放したらまた、血の池地獄へ真っ逆さまに落ちてしまうのです。?陀多の苦しみは、あたかも今苦しみあがいている現代人の苦悩のようです。市長賞の高橋さんの「先頭を歩くのは誰誰も知らない」は、現代を生きる私たちの状況をよく捉えています。歩く意志がなくともとにかく前へ進み、その先がどこへ向かっているのかもわからない世界の状況を暗示しているかのように思われます。
それに対してアルテア部門大賞の橋爪さんの「恋の歌軽すぎるから心が揺れる」という答えの片歌は、揺れる恋心を繊細に表現していつの時代にも共通する恋心を思わせます。そのせつなさに引き付けられます。



 

第二十二回酒折連歌賞 選評


一般部門 大賞・文部科学大臣賞    井上康明 先生 (選評)
問いの片歌五 北斎の富士の角度は三十八度
答えの片歌  今もまだ測量してる伊能忠敬  荒井千代子 新潟県

問いの片歌は、江戸時代に遡り、葛飾北斎が、富士山の姿を鋭く捉えた一瞬を示します。北斎の浮世絵、「凱風快晴」に描かれた赤富士など、三十八度はやや鋭角すぎますが、北斎が富士を誇張して描いたことが伝わります。太宰治の小説「富嶽百景」も連想させます。「富嶽百景」では、同時代の浮世絵師広重を登場させ「広重の富士は八十五度」と語っています。
これに対して荒井さんは、やはり北斎と同時代の伊能忠敬が、日本全国の測量を重ね、「大日本沿海輿地全図」を完成させたことを語ります。その姿に共感し、伊能忠敬は、二百年余りを経た今も測量をしていると、問いの瞬間に対して、永遠に近い長い時間を示し、返しています。浮世絵師の描いた一瞬の富士の角度と、全国を行脚した伊能忠敬の測量が今も続いているという時間との対比は鮮やかです。

 


一般部門 山梨県知事賞        今野寿美 先生  (選評)
問いの片歌四 これだけは手放さないよあきらめないよ
答えの片歌  放したら地獄戻りのこの蜘蛛の糸  武井大山 香川県

問いの片歌から、強い志というより必死の意地を読み取り、「蜘蛛の糸」の?陀多に変身してみせた武井大山さん。芥川龍之介のこの作品は、よく読まれ知られて主題もわかりやすく、「走れメロス」と同様、俳句や短歌の応募作に生かしやすい短編といえるかもしれません。ただ、お釈迦様を失望させた人間のさもしい欲の深さはさておき、武井さんが描いたのは救われたい一心のその部分であり、場面なんですね。だからこそ問いの片歌の答えとしてぴったりかなっているわけですが、そこで感心したのが「この蜘蛛の糸」と「この」を添え、物語を含み込みつつ七音で完結させたところです。中学三年生の手際として大いに唸らせるものでした。

 


一般部門 山梨県教育委員会教育長賞  三枝エ之 先生 (選評)
問いの片歌四 これだけは手放さないよあきらめないよ
答えの片歌  おげんきでそれでもわたし月へ帰るわ  大沢美羽 山梨県

 問いの片歌を投げかける作者はさまざまな答えを想定するのですが、この答えは私の想定を超えたプランでした。あきらめない〈私〉ではなく、その熱意を受け止めた人の反応を通して、何をあきらめないのか、その中味を示しているからです。それで手放したくないのは君への愛でしょう。その熱意は十二分に伝わってくるけれども、応えることはできない。そこでどう断るか。なんとかぐや姫になって月に帰らねばならないから。『竹取物語』を借用したところが楽しい。どんなに熱心に求めても、相手がかぐや姫ならば、これはもうあきらめるほかないですね。かろやかな物語に仕立てたセンスに脱帽です。

 

 


一般部門 甲府市長賞         宇多喜代子 先生 (選評)
問いの片歌三 歩く意志なくても進む朝の雑踏
答えの片歌  先頭を歩くのは誰誰も知らない  高橋 亨 青森県

 都市のラッシュアワー時、勤務先や学校へ向かう人の脚は、まるで意志を失ったゼンマイ仕掛けの機械のように前進してゆきます。進みながら、自分がこの列の帯のどこにいるのかを知りたくても見当がつかないのです。車の渋滞に巻き込まれたときと同じです。でも、どこかに「先頭」はあるはず。それを確かめるすべもなく、ただ運命のごとく前の人の背を見て歩きます。答えの片歌にはそんなイライラの変じた諦めが「誰も知らない」という呟きになりました。この突き放したような最後の七音が、個々の意志の見えない「朝の雑踏」にぴったりです。

 

 


アルテア部門  総評    もりまりこ 先生 

 こどもであること、おとなであることって何だろう。アルテア部門のすてきな作品と対峙している時に思うのはそういう、ささやかな問いが浮かんできます。今年はあの世界で猛威をふるった感染症のために学校にも通えない大変な時期を過ごされたにも関わらず、五つの問いかけに思いがけない素敵な答えたちが集まりました。
 問いの二に対して、「透ける月一番星と指先にのる」と詠んだのは、山下ゆいさんの作品。問いの指の動きが暮れ始めた夜の空にまで響かせようとしている、そんな幻想的な世界に魅了されました。
問いの四に対して「そう思う気持ちで既に君は生きている」と答えた藤永歓太さん。問いのあきらめないという強い宣言へのエールのように、きみの想いを支持するよと背中を押すような言葉を贈っています。問いに寄り添う形がとても鮮やかに表現されています。
問いの三への答えの片歌「首筋の滴る汗に溢れた本音」と綴った井田向日葵さん。雑踏を行く誰かへの視線になのか、緊張している自分に気づいたからなのか。その汗の冷たさを感じた瞬間、内省しているそのプロセスまでもが、そのまま伝わってくるようです。
 いつもアルテア部門にはいい意味で裏切られます。こどもたちの作品であるというおとなであるわたしのバイアスにいつも気づかされるのです。想像は無限大にあることをいつも教わっているアルテア
部門の作品と出会える喜びを今年はいつにもましてかみしめるように味わっていました。

 


アルテア部門 大賞・文部科学大臣賞  もりまりこ 先生 (選評)
  
問いの片歌一 はればれと一円玉は一グラムです
答えの片歌  恋の歌軽すぎるから心が揺れる 橋爪杏奈 静岡県

 問いかけの目で見て確認できる物理的な重さに対して、誰にも量ることのできない心理的な感情のスケールで答えたところに、心惹かれました。恋の歌を聞いた時の詞の軽さなのか、軽快なリズムに対してなのかはわからないのですが、聞いた瞬間の心の揺れが手に取るように伝わってくる素敵な作品です。問いから飛躍した辿り着いた風景が、まったく知らない世界ではなくて誰しも感じたことのある景色であること。今というかけがえのない時間を言葉に託せることそれこそがアルテア部門の輝きなのだと、感じずにはいられない作品でした。



 
     
 

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