一般部門 大賞・文部科学大臣賞 井上康明 先生 (選評)
問いの片歌五 北斎の富士の角度は三十八度
答えの片歌 今もまだ測量してる伊能忠敬 荒井千代子 新潟県
問いの片歌は、江戸時代に遡り、葛飾北斎が、富士山の姿を鋭く捉えた一瞬を示します。北斎の浮世絵、「凱風快晴」に描かれた赤富士など、三十八度はやや鋭角すぎますが、北斎が富士を誇張して描いたことが伝わります。太宰治の小説「富嶽百景」も連想させます。「富嶽百景」では、同時代の浮世絵師広重を登場させ「広重の富士は八十五度」と語っています。
これに対して荒井さんは、やはり北斎と同時代の伊能忠敬が、日本全国の測量を重ね、「大日本沿海輿地全図」を完成させたことを語ります。その姿に共感し、伊能忠敬は、二百年余りを経た今も測量をしていると、問いの瞬間に対して、永遠に近い長い時間を示し、返しています。浮世絵師の描いた一瞬の富士の角度と、全国を行脚した伊能忠敬の測量が今も続いているという時間との対比は鮮やかです。
一般部門 山梨県知事賞 今野寿美 先生 (選評)
問いの片歌四 これだけは手放さないよあきらめないよ
答えの片歌 放したら地獄戻りのこの蜘蛛の糸 武井大山 香川県
問いの片歌から、強い志というより必死の意地を読み取り、「蜘蛛の糸」の?陀多に変身してみせた武井大山さん。芥川龍之介のこの作品は、よく読まれ知られて主題もわかりやすく、「走れメロス」と同様、俳句や短歌の応募作に生かしやすい短編といえるかもしれません。ただ、お釈迦様を失望させた人間のさもしい欲の深さはさておき、武井さんが描いたのは救われたい一心のその部分であり、場面なんですね。だからこそ問いの片歌の答えとしてぴったりかなっているわけですが、そこで感心したのが「この蜘蛛の糸」と「この」を添え、物語を含み込みつつ七音で完結させたところです。中学三年生の手際として大いに唸らせるものでした。
一般部門 山梨県教育委員会教育長賞 三枝エ之 先生 (選評)
問いの片歌四 これだけは手放さないよあきらめないよ
答えの片歌 おげんきでそれでもわたし月へ帰るわ 大沢美羽 山梨県
問いの片歌を投げかける作者はさまざまな答えを想定するのですが、この答えは私の想定を超えたプランでした。あきらめない〈私〉ではなく、その熱意を受け止めた人の反応を通して、何をあきらめないのか、その中味を示しているからです。それで手放したくないのは君への愛でしょう。その熱意は十二分に伝わってくるけれども、応えることはできない。そこでどう断るか。なんとかぐや姫になって月に帰らねばならないから。『竹取物語』を借用したところが楽しい。どんなに熱心に求めても、相手がかぐや姫ならば、これはもうあきらめるほかないですね。かろやかな物語に仕立てたセンスに脱帽です。
一般部門 甲府市長賞 宇多喜代子 先生 (選評)
問いの片歌三 歩く意志なくても進む朝の雑踏
答えの片歌 先頭を歩くのは誰誰も知らない 高橋 亨 青森県
都市のラッシュアワー時、勤務先や学校へ向かう人の脚は、まるで意志を失ったゼンマイ仕掛けの機械のように前進してゆきます。進みながら、自分がこの列の帯のどこにいるのかを知りたくても見当がつかないのです。車の渋滞に巻き込まれたときと同じです。でも、どこかに「先頭」はあるはず。それを確かめるすべもなく、ただ運命のごとく前の人の背を見て歩きます。答えの片歌にはそんなイライラの変じた諦めが「誰も知らない」という呟きになりました。この突き放したような最後の七音が、個々の意志の見えない「朝の雑踏」にぴったりです。
アルテア部門 総評 もりまりこ 先生
こどもであること、おとなであることって何だろう。アルテア部門のすてきな作品と対峙している時に思うのはそういう、ささやかな問いが浮かんできます。今年はあの世界で猛威をふるった感染症のために学校にも通えない大変な時期を過ごされたにも関わらず、五つの問いかけに思いがけない素敵な答えたちが集まりました。
問いの二に対して、「透ける月一番星と指先にのる」と詠んだのは、山下ゆいさんの作品。問いの指の動きが暮れ始めた夜の空にまで響かせようとしている、そんな幻想的な世界に魅了されました。
問いの四に対して「そう思う気持ちで既に君は生きている」と答えた藤永歓太さん。問いのあきらめないという強い宣言へのエールのように、きみの想いを支持するよと背中を押すような言葉を贈っています。問いに寄り添う形がとても鮮やかに表現されています。
問いの三への答えの片歌「首筋の滴る汗に溢れた本音」と綴った井田向日葵さん。雑踏を行く誰かへの視線になのか、緊張している自分に気づいたからなのか。その汗の冷たさを感じた瞬間、内省しているそのプロセスまでもが、そのまま伝わってくるようです。
いつもアルテア部門にはいい意味で裏切られます。こどもたちの作品であるというおとなであるわたしのバイアスにいつも気づかされるのです。想像は無限大にあることをいつも教わっているアルテア
部門の作品と出会える喜びを今年はいつにもましてかみしめるように味わっていました。
アルテア部門 大賞・文部科学大臣賞 もりまりこ 先生 (選評)
問いの片歌一 はればれと一円玉は一グラムです
答えの片歌 恋の歌軽すぎるから心が揺れる 橋爪杏奈 静岡県
問いかけの目で見て確認できる物理的な重さに対して、誰にも量ることのできない心理的な感情のスケールで答えたところに、心惹かれました。恋の歌を聞いた時の詞の軽さなのか、軽快なリズムに対してなのかはわからないのですが、聞いた瞬間の心の揺れが手に取るように伝わってくる素敵な作品です。問いから飛躍した辿り着いた風景が、まったく知らない世界ではなくて誰しも感じたことのある景色であること。今というかけがえのない時間を言葉に託せることそれこそがアルテア部門の輝きなのだと、感じずにはいられない作品でした。 |