一般部門 大賞・文部科学大臣賞 宇多喜代子 先生 (選評)
問いの片歌三 おむすびは三角形に俵の形
答えの片歌 円卓はアクリル板で六等分に 藤井麻里 神奈川県
問いの片歌3への皆様からの答えの片歌には、おむすびの形は三角ばかりではないよというものが多く、たしかにそうだと思いました。中には、俵の形の「俵」って何ですか、というものもありました。どんな形のおむすびにしろ、幾人かで食べるときにはアクリル板を用いて、しかも黙食というのが当節の食事事情です。やがてコロナ禍が去り、もとの日常に戻った時、この答えの片歌は「こんなことあったよね」という歴史の証人の役を担ってくれるでしょう。コロナ禍の最中でなければ出来ない片歌でした。
一般部門 山梨県知事賞 井上康明 先生 (選評)
問いの片歌一 いつからかひとりでいつも考えること
答えの片歌 風さそふまではできてる辞世の歌は 斉藤隆 青森県
問いの片歌はひとりで考えることは何だろうと尋ね、答えは自らの最期について考えていると語ります。「風さそふ」といって思い出すのは、忠臣蔵の浅野内匠頭が辞世の歌として詠んだとされる「風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせむ」。春の名残をどうしようかと、切腹する内匠頭のこの世に残した無念を思わせます。答えの片歌は、辞世の歌は「風さそふ」までは出来てはいるもののまだこの世に思い残すことがあることよと、語っているかのようです。或いは、辞世の歌は「風さそふ」までできているのだから、いつ最期を迎えても良いと語っているともとれます。「風さそふ」という文語と「できてる」という口語の俗な現実感との混ざり合いに人臭い味わいがあります。
自らの死を辞世のうたの一節とともに雅を思わせながら詠って、孤独なもの思いを長い時間のなかの今に連続させる答えの片歌です。
一般部門 山梨県教育委員会教育長賞 三枝エ之 先生 (選評)
問いの片歌四 信長かでも秀吉がいや家康だ
答えの片歌 三者とも鬼が島までお供をいたせ 小橋辰矢 岡山県
問いの片歌を投げかける作者はさまざまな答を想定します。まず浮かぶのは信長、秀吉、家康、三人のうちの誰かを選ぶ答えの片歌。次に浮かぶのは自分が好きな三人以外の誰か。山梨県でいえばご当地の英雄武田信玄が多いのではと想像しました。しかしこの答はそうした想定を超えたプランでした。あの戦国時代の英雄も桃太郎にかかれば犬や猿やキジと同じ。しかも命令形の「お供をいたせ」に威厳があって、さすがの三人も従わざるを得ない。見事な物語に仕立てたセンスに脱帽です。
一般部門 甲府市長賞 今野寿美 先生 (選評)
問いの片歌五 もうここでひらきなおってみるほかないね
答えの片歌 負けましたそれがどうした負けるが勝ちだ 浅田悠斗 兵庫県
囲碁将棋の対局で、勝負がたちゆかないと悟ると、みずから「負けました」と告げて終わりますね。投了ということばもおもしろいですが、その端然と静かな雰囲気はいかにも頭脳勝負の風格です。ところがそこに突っ込みを入れて「それがどうした」。さらにたたみかけて「負けるが勝ちだ」。この語りの勢いが強気の姿勢そのままで、答えの片歌を引き立てています。争うよりもあえて…などと諭すときにもちだされることわざは教訓めいて鼻についても、この機転は棋士顔負けでしょう。それが中学一年生のものと知って感嘆するばかりでした。
アルテア部門 総評 もりまりこ 先生
問があってそこに答えがある。そんな唱和する文芸、酒折連歌は人と人が出逢いにくい現代において、とても稀有な文芸様式のような気がします。コロナ禍の中でひとりひとりの人たちが自分や誰かの「心」に思いを馳せていることも多くなったように感じます。片歌問答という問いかけの答えからは、静かであるのにその作品群からは心の声が聞こえてくる気がしていました。今年も様々な視点をもった作品に出会えました。アルテア部門の大賞作品、
薬袋真紘さんの「砂時計こぼれぬようにシャッターを切る」は、砂時計の時間をとめるかのようにして、オリオン座を見ている二人の今を閉じ込めていたい切ない想いが描かれています。そして、荻野沙紀さんは「信長かでも秀吉かいや家康だ」に対して「この誰が未知のウイルス倒せるのかな」と詠まれました。このご時世の難問解決を三英傑に託している所がユニークです。閉塞状況をユーモアにからめているところがとても鮮やかです。また「いつからかひとりでいつも考えること」の問いかけに「あなたにも教えられない心のラジオ」と答えた青野翔磨さん。一人で考えているのは心の中に蠢く想いや言葉の欠片の数々。それを「心のラジオ」と名付けたところ、とても新しい感覚に出会えた気持ちになりました。ひとりの中の思いはどんな人でも騒がしいぐらいのカタチにならない想いが去来しているのかもしれないですね。想像の翼をひろげて十九文字と戯れたり格闘して頂けたこと心よりうれしく思います。
アルテア部門 大賞・文部科学大臣賞 もりまりこ 先生 (選評)
問いの片歌一 オリオン座あなたと話すゆめのことなど
答えの片歌 砂時計こぼれぬようにシャッターを切る 薬袋真紘 山梨県
オリオン座を見上げる空の下。仰いでいるはずの視線がたちまち俯瞰するように上昇する映像を思い浮かべました。砂時計の砂がこぼれてゆくささやかな時間までをも止めてしまいたいような切羽詰まった想いが、込められています。
ゆめのことは語られていないのに、こぼれぬようにという七文字に夢の輪郭を感じます。
アルテア賞にふさわしい、今しかない時間を真空パックするかのような瞬間の声が聞こえてくるようです。今年もみなさまの作品と出会えることを楽しみにしています。
|