「第四回酒折連歌賞」 総評
 
問いの片歌 1 まっしろいいちまいの地図かばんにつめて (もりまりこ)

 今年もひとりびとりの思いが19文字にこめられたことばにたくさん出会えましたこ とをうれしく感じております。今回の〈まっしろいいちまいの地図〉という問いを受 けて、多くの方々が、時間を過去に遡るのでは無く、未来にまなざしを預けながら句 を作られていらっしゃるのがとても印象的でした。
  じぶんの足が一歩前に進んでいくような、明るさと同時に、イメージゆたかな広が りを短いことばの中で展開されながら確かな場所に着地されていて、回を重ねるごと に、新鮮なおどろきがあることを改めて教わったような気がしています。
  また応募者の中には、御家族で毎回参加して下さる方もいらっしゃって、「酒折連 歌」が年齢を越えて多くの方々に愛されていることをあたたかく感じることができま した。
〈そこにあることがなによりもふさわしいことば〉
問いの片歌と答えの片歌がひとつになることで、ことばがより居心地よさそうに感じ られる・・・。
こころからそんなふうに思える歌にいくつも出あえましたことがいちばんの収穫だっ たように思います。

問いの片歌 2 並木道遠い予感にさそわれて行く  (深沢眞二)  

 第四回の四つの「問いの片歌」は、打ち合わせたわけではありませんが、人の未来 へ向かっての「旅」のテーマが並びました。問いの1は無限の可能性、2は予感、3 は期待に満ちた旅立ち、4は過去との別れ。それぞれの局面について「あなたの思い を表現してください」と、選考委員はそれぞれに「答えの片歌」を求めたといえます。 十代・二十代の方の応募が増え、そうした比較的若い層のレベルが高かったのは、問 いのテーマにみずみずしい思いを持っている世代が真剣に答えてくれたのだと思いま す。今回の百選の作品には、読む人誰もの共感を呼ぶ句が揃い、そのなかで個性的な 表現に成功した句が高い評価を得ました。また、私としては、「問い」四句が共通 の テーマを持っていただけに、「問いの片歌」それぞれのどのような要素にしっかりと した繋がりを持たせて答えたか、つまり付合(つけあい)が明確であるかどうかを、 選考のポイントにしました。

問いの片歌 3 陽だまりのホームに汽車が旅立ちを待つ (三枝昂之)

 片歌の三「陽だまりのホームに汽車が旅立ちを待つ」が私の問いです。汽車ですか ら、特急「あずさ」や新幹線「のぞみ」ではなく、どこか人間の体温や速度に近いな つかしみを帯びています。それが陽だまりの中で乗る人を待っています。答の中にど んな旅立ちが示されるか、それが選歌のなによりの楽しみでした。  希望に満ちた出発で応じてくれた人が多かったのは当然として、召集を受けて離郷 を余儀なくされる昔の体験を重ねる人も少なくありませんでした。身心に刻み込まれ た戦時の記憶の深さが、あらためて思われます。先立たれた連れ合いのもとに行く人、 集団就職の列車を思う人、旅立つ者を見送り続けて故郷に老いる自分を見つめる人。 人生の幅の広さがそのまま答に反映していると感じました。
  それだけに類型的な答が多かったことにも触れなければなりません。ホーム・汽車・ 旅立ちという設定から、宮沢賢治の銀河鉄道をイメージしたプランが多かったですね。 そのこと自体は悪くありませんが、自分なりの工夫を加えないとみんな同じような答 になってしまいます。比喩的に言えば、定食に手作りの一品を加える。これが大切で す。そんな点に留意しながらの来年の答を楽しみにしております。

問いの片歌 4 砂山の砂のトンネル置きざりのまま (廣瀬直人)

 昨年以上に結構な内容の作品が多かったように思います。問の意を受けとめての答 えですからある距離を保ちながら内面は緊密なつながりが必要になります。年輩の人 には人生体験の引き出し、若い人にとっては感覚の引き出し、そこからそれぞれ何を _み出してくるのか。その選択が答えの表現の成否の第一歩です。そして次に大切な のは言葉です。いくら発想が良くてもそれにふさわしい言葉が伴わなければ何にもな りません。日常の、誰にもわかる言葉をなめらかなリズムに乗せて読者をはっとさせ るのには平素の、言葉に対する感覚を磨く練習が必要かと思います。  
  とにかく問答の形式ですから、あまり固苦しくならずに出来れば相手に語りかける ような意図が気持ちのどこかに潜んでいることが大切な条件かと思います。  
  私の提出した問いかけは(四)のT砂のトンネルUでした。これは、私の少年の頃 の実際の経験から思いついたものです。答えの方は出題の方向に添った内容がたっぷ りとあって、十分に楽しむことが出来ました。実景によって育まれた夢、あるいは希 望さらには思い出など、今後の人生にとって誰もが持っていなければならないものに 接することが出来ました。十分に満足のゆく選衡でした。来年もまたさらによいお作 を。
 
大賞・佳作選評
大 賞
(問いの片歌 1 まっしろいいちまいの地図かばんにつめて)
父と見たあの朝焼けがぼくのコンパス 山下奈美
【評】父親と一緒に家を出たのです。空は真っ赤な朝焼け。必ずしも希望に満ちている喜 びとも言えない、やや重い緊張感が伝わってきます。「コンパス」はこれからの人生の羅針 盤。 (廣瀬直人)  

地図にはなにも書き込まれていない。出会い、確認して、ひとつひとつ自分で書き込んでゆ かねばならない。そうした問いを受けてのこの答の片歌が楽しいのは、コンパスをかつて の父と見た朝焼けに求めたところ。爽やかな朝焼けに、うるわしい信頼感で結ばれた父と この姿が重なって、いかにも希望が広がりそうな問答となった。(三枝昂之)
 
佳 作
(問いの片歌 3 陽だまりのホームに汽車が旅立ちを待つ)
透き通る羽をたたんで君は乗り込む 斉藤まち子
【評】この作品に登場するのはひとりの天使ですが、それは、これから人生の旅に出 ようとする若者すべてにあてはまる姿です。三番の問いの片歌の「陽だまり」の祝福感 を、そのような若者ひとりひとりが持つ天使の翼を描くことで見事に応じています。 また、「汽車」という、いまではファンタジーの世界でしかなじみのない乗り物に対し て、この句の空想性がうまく釣り合っていると言えます。(深沢眞二)

(問いの片歌 3 陽だまりのホームに汽車が旅立ちを待つ)
夢という人それぞれの心の駅に 河西京祐
【評】旅立ちを促すように汽車がホームにいる。銀河鉄道を目指したり、新天地への 期待を膨らませたり。さまざまな応えがある中で、汽車を心の駅の中に置いたプラン がとても新鮮だ。夢は老若男女だれもが持っている。そうしたすべての人に共有でき る問答に仕上げたところを評価したい。(三枝昂之)

(問いの片歌 3 陽だまりのホームに汽車が旅立ちを待つ)
銀色のひかりの粒子車輪に集め  須永由紀子
【評】心の中に綴られる思いを「銀色のひかり」だけに託すことで、新たな決意や未来 が浮き彫りになる、うまく引き算された答えの句です。時計では到底計ることのでき ない、ホームで汽車を待っている時間の濃さまでもが伝わってくるようです。(もりまりこ)
 
特別賞選評
アルテア賞最優秀
(問いの片歌 1 まっしろいいちまいの地図かばんにつめて)
積乱雲銀のレールは空へのびゆく  森田優子
【評】問いが示す場所を起点としながら一気にかけのぼるように、空へと昇華してゆ くスピード感にあふれたとても広がりを感じる句です。 童話の世界を思わせる「銀のレール」が幻想的な世界を一層醸し出しています。

アルテア賞
(問いの片歌 1 まっしろいいちまいの地図かばんにつめて)
炎天の青のあしもと風をきりゆく  東香奈
【評】一枚の絵を感じる「炎天の青のあしもと」。問いの「まっしろい地図」をキャン バスにたとえた心象風景が、鮮やかに色彩されています。 また、「風をきりゆく」と力強く放たれた句に、まっすぐな眼差しと思いが浮かんで くるようです。

(問いの片歌 1 まっしろいいちまいの地図かばんにつめて)
空色の風琴の音に自由求める  佐藤秀貴
【評】「風琴の音」という、生まれてはたちまち消えてゆく音に色をかぶせることで、 その音が永遠になるそんなイメージ豊かな作品です。時間が留まり続けるのではなく、 澄んだ調べに乗って、滑らかな曲線を描いているような時空間を演出しています。

(問いの片歌 1 まっしろいいちまいの地図かばんにつめて)
カブトエビ小さい体古い歴史だ  久保田俊介
【評】問いの片歌と遠い位置にあるようなことばを連ねながら、面白い場所に着地し ているその距離感がとても新鮮です。 「カブトエビ」という生き物に思いを馳せている作者の生き生きとした視点がとても ユニークです。

(問いの片歌 2 並木道遠い予感にさそわれて行く)
そよかぜよ大人に変わる瞬間をください  正寳愛子
【評】「並木道」をふいに吹き抜けるつかのまの「そよかぜ」に、せつない思いが込 められた若々しい句です。一瞬を掠める風への呼び掛けが、時間をとても濃密なもの へと感じさせてくれます。18才という年齢のみずみずしい感受性にあふれています。

(問いの片歌 2 並木道遠い予感にさそわれて行く)
木もれ陽に見え隠れする麦藁帽子  大塚美都
【評】夏の幻のような映像のワンシーンを思わせる、問いとの距離感が心地良い一句 です。作者の思いが答えの片歌に綴られることによって、読む人の物語までが、ほこ ろびてくるゆたかなイメージに満ちています。

(問いの片歌 3 陽だまりのホームに汽車が旅立ちを待つ)
風船が空にぽっかり時間をとめる  杉村幸雄
【評】「汽車が旅立ちを待つ」という問いの未来をはらんだ時間と現在の空に浮かん だ風船がひとつに繋がる不思議であたたかな時間を醸し出しています。 過去も未来も現在もどの時間も、「陽だまりのホーム」へと結ばれている魅力的な句 です。

(問いの片歌 3 陽だまりのホームに汽車が旅立ちを待つ)
ふりそそぐひかりはあの日の手紙のようで  小野由美子
【評】ホームにそそがれている日のひかりを、「手紙のようで」と詠うことで、より 透明感が演出されています。文字の綴られていない手紙にこそ、抱えきれない切実な 思いが込められていることに気づかせてくれる、「あの日」が、読むものの想像をふ くらませてくれます。

(問いの片歌 4 砂山の砂のトンネル置きざりのまま)
想い出がゆびにこぼれる砂あたたかく  佐藤章子
【評】「砂山の砂」のひと粒ひと粒が、指の間を落ちてゆく時間がスローモーション に見えてくる一句です。「砂あたたかく」ととじられている事で、想い出の輪郭のと てもしあわせな一時が、情感こめて詠われています。

(問いの片歌 4 砂山の砂のトンネル置きざりのまま)
夕焼けに染まりゆく街駆け抜ける君  松崎加代
【評】陽の傾きはじめた夕刻の風景のゆっくりとした時間が、「駆け抜ける君」へと 繋がることで句に速度をもたらしています。奥行きを感じる「砂山の砂」の色に滲ん でゆく「夕焼け」のグラデーションに読むものの時間までもが重なります。
 
総 評
 
歌に宿っている呼吸とリズム。 今回のアルテア賞では、そんなふたつの点にポイントを置いて選んでみました。 呼吸とリズムが放たれた時、それを思いがけなくてのひらで受け止めながら、また軽や かに放つ。 問いの呼吸とリズムに調和しながらバランスを保っている歌の世界がのびのびと描かれて いる10句の作品に出会えることができました。 どの作品もいちばんに感じたことは、じぶんの伝えたいことを綴るだけでなく、問いの 片歌にていねいに耳をすませてくださっていらっしゃることでした。 歌に耳をすませることで、しぜんなことばが導かれ、そこに片歌唱和の源となるような 輪郭がくっきりと現われていたように思います。 耳をすませて聞くこと。 そこから立ちのぼってみえてくるもの。 この静かなまなざしによって問いの片歌にあらたに命が吹き込まれるそのプロセスにとて も面白さを感じることができました。
 
 
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