「第五回酒折連歌賞」 総評
 
問いの片歌 1 ひとすじの飛行機雲が空ににじんで (もりまりこ)

空ににじんだ飛行機雲をきっかけとしてたいせつな思いが、連写されるようにして物語をつなげてゆく。そんな作品にたくさん出会うことができました。旅立ちをイメージした表現ばかりではなく空のキャンバスに描かれた風景をはじまりとして、じぶんと対峙している真摯な思いで答えが導かれている句が揃っていたことが印象的でした。  あらかじめ空にある視線をさらに先にすすめながら、ことばへと結実してゆくことのむずかしさに、まっすぐに向き合って答えて下さったことをほんとうにうれしく思います。答えの片歌が単なる着地ではなく、そこにさらなる飛躍の瞬間を見い出すよろこびが伝わってくるような、問いと答えの片歌のコントラストがくっきりとしていることも作品の選考基準のポイントと致しました。  来年も、あたらしい答えの片歌にであえますことを楽しみにしております。

問いの片歌 2 星々をつないで描くかたちさまざま  (深沢眞二)

「星空を見上げて、あなたはどんなイメージを心の中に描きますか。」 第二の「問いの片歌」は、そのような質問として提示されたものです。ギリシャの古代から語られてきた英雄や動物などの肖像、牽牛と織女、あるいは好きな人のイニシャル::。誰もが共感できる見立てを詠み込みやすいという点、気軽に取り組める課題だったのではないでしょうか。その、ご自分の心に素直に浮かんだイメージに、ちょっとだけ動きを与えると、非常に魅力的な答えになります。たとえば、この問いに答えてくれたなかで佳作に選ばれた「降り注ぐオリンポスより竪琴の音が」は、めぐる星座に聴覚の幻想をプラスしたことで空間だけでなく時間の拡がりを獲得しました。 毎回四つ示される「問いの片歌」には、「夕映えの商店街に〜」のようにもうすでに具体的なイメージを抱えているものもあれば、「星々を〜かたちさまざま」のようにいろいろな連想へと展開できる抽象的なもの、限定性の弱いものもあります。今回、後者の〈抽象的問い〉には〈具体的に答えた〉作品が魅力的だということを思いました。具体性を与えることでイメージが個性的になり、息づきはじめるのです。

問いの片歌 3 夕映えに商店街に誘い出される (三枝昂之)

酒折連歌に関わってきて思うことは、この問答は予想以上にスリリングな企画だ、ということです。どんな答えが返ってくるか。言葉による一種のゲームでもありますから、予想外の答えが返ってくる楽しみがまずあります。それとともに、年齢や性別 を越えたイベントですから、そこに老若男女さまざまな層の違いを反映した答えの広がりが期待できますし、事実今年も、驚くほどの多様な答えが寄せられました。問いがはっきりと一点に絞られて示されているから、答えが大きな広がりを持つ。この点が実に興味ぶかいと感じました。  答えのレベルが全体的に上がっていますが、私の印象では、特に問いの片歌2「星々をつないで描くかたちさまざま」に寄せられた答えの平均点が高かったように感じました。多様な答えを可能にする、その幅が広い問いだったと思われます。  私の問いの片歌は三の「夕映えの商店街に誘い出される」です。いろいろな店が並ぶ商店街の夕方、いちばん人が多い時間ですし、なにか買いたくなります。何か買ってもいいし、子供の頃の楽しい思い出を振り返ってもいい。全体としてはコロッケを買うというプランが多かったですが、それだけに類型的にもなりました。あまり特殊な答えを考える必要はありませんが、同じような答えの中に一点自分なりの工夫を加えて、来年度も楽しいチャレンジをしていただきたいと思います。

問いの片歌 4 あのときの父とふたりの約束ひとつ (廣瀬直人)

私は、何かと最近話題になる昭和一桁の生まれです。それも四年。といいますと、戦争への直接の参加を際どく免れた世代です。ただ、終戦が旧制中学の四年、十六歳でしたから、激しい時代の流れの大波をもろにかぶった世代です。さて、これから自分はどういう方向へ進んだらいいのか、なかなか思いの定まらない時を過ごしました。  私の問いの片歌は、そんな若かった頃の体験から思いついたものです。こうした特別 な時代を経験しなくても、ひとりひとりそれぞれの生活を背負っていますから、自分はいったい将来何をやっていきたいのか、あれこれと思い迷うのは当然です。特に父親と話し合ったときの気持は、私の場合、長男でしたので自分の思いのままというわけにはいかない面 もありました。ですから、今回の選句の方向は、どうしても現実的な内容に傾いていったようです。ただ、大切なのは、若い時代の大きな豊かな夢や希望が根になければ、よい答えの片歌は生まれないということです。 私自身の経験とも重ね合わせながら、楽しい選をすることができました。さらによいお作を。
 
大賞選評
大   賞 (問いの片歌 4 あのときの父とふたりの約束ひとつ)

ふるさとのどんぐり今も抽斗にある  高橋雄三

【評】父とふたりの約束。父と息子、父と娘、壮大な約束も考えられますし、手堅い人生への約束の可能性もあります。どんな約束だったか、約束は果 たされたのか。そんな答を脇に置いて、抽斗の中のどんぐりを提出したところに味わいがあります。朽ちることのない親子の絆が、そのどんぐりにこめられているようです。  (三枝昂之)
 
佳作選評
佳作(問いの片歌 1 ひとすじの飛行機雲が空ににじんで)

少しずつ風の生まれるコスモス畑 中野千秋

【評】両句合わせて爽やかな初秋の天地がひろがる思いがします。ゆっくりと飛行機雲がにじむのは高い空を流れる風のせいですが、その風の誕生の場を地上の花畑に見つけた点、とても自在な想像力と言っていいでしょう。また、「コスモス」としたことで、わずかな風にも揺れるあの花の特性を活かしながら、言葉の上で「宇宙」にまで連想が及んでいるところが優れています。
(深沢眞二)

佳作(問いの片歌 2 星々をつないで描くかたちさまざま)

降り注ぐオリンポスより竪琴の音が  山本四雄

【評】ギリシア神話の世界がいまという時間の中に映し出されたような、無限のひろがりを展開しています。音のない静かなたたずまいをもつ問いの「星々をつなぐ」先に伝わる「竪琴の音」。こんなにも鮮やかな答えを得たことで、たちまち耳にまでかすかな調べが響いてくるそんな動きを感じとることができます。
(もりまりこ)

佳作(問いの片歌 3 夕映えの商店街に誘い出される)

さりげなく点景となり腕組んでみる  松井更

【評】夕映えの商店街。今夜のおかずを求める人、勤め帰りの人など、いちばんにぎやかな時間帯です。その華やぎに背中を押されるように腕を組んだところが楽しい。人波に勇気をもらったような「点景となり」に恥じらいも感じられます。商店街ならではの生き生きとした問答になりました。
(三枝昂之)
 
特別賞(アルテア賞)選評
アルテア賞最優秀 (問いの片歌 1 ひとすじの飛行機雲が空ににじんで)

ぶどうの葉透かしてのぞく夏のはじまり  佐藤彩香

【評】 陽のひかりをやわらかく照らすぶどう棚の下。手が触れたぶどうの葉をかざしながらふとみあげる空の飛行機雲。 夏のおとずれの予感を、透明感あふれる抒情で描いた、いきいきとした作品です。答えの片歌に表現されたまっすぐな感受性がまぶしいです。
(もりまりこ)

(問いの片歌 1 ひとすじの飛行機雲が空ににじんで)

朝顔の葉さきの露に涼しさ光る  渡辺真樹子

【評】空の飛行機雲にあった視線がふとまっすぐに舞い降りて、朝顔にしたたる露へとつながってゆく。日常に紛れてしまいそうな一瞬を、印画紙にしっかりと焼きつけるように捕らえたみずみずしさ。問いの「空ににじんだ」情景を受けて、なにかに気づくことの大切さが結晶となった、あざやかな問答のかたちです。

(問いの片歌 1 ひとすじの飛行機雲が空ににじんで)

つなぐ手にひと粒の雨舞い降りてきた  横山麻里子

【評】ふたりでおしゃべりをしているあわいの出来事かもしれないし、ふたりの会話の凪に、すっとしみこんできたひとしずくかもしれない。そんなふうに読む人の想像をふくらませてくれる、物語のはじまりを感じさせる作品です。たいせつにしたい一瞬を、「ひと粒の雨」に託した思いが、まっすぐに伝わってくるようです。

(問いの片歌 1 ひとすじの飛行機雲が空ににじんで)

息を継ぐ海の底から青を引き連れ  橋立英樹

【評】飛行機雲のにじむ空の下には、きらめく海の世界。「息を継ぐ」たびに、からだいっぱいに青を纏いながら、波を縫っている姿が思い起こされるイメージゆたかな作品です。天と地のまんなか、海に視点を注いだ着想を得たことで、自然に抱かれて在ることの不思議さがひしひしと伝わってくるようです。ひとりであることの確かな孤独感に、ピュアな青がとても魅力的に活かされています。

(問いの片歌 2 星々をつないで描くかたちさまざま)

胸のおくしまっておいた歌がこぼれる  村上智香

【評】夜空にうかぶ星をみあげていたら、忘れていた歌がふいに胸をかすめる瞬間。星を見上げることがなければ、もしかしたら忘れたままだったかもしれない、そんな記憶に刻んだ歌が、おもいがけずこころの中を駆け巡ってゆく。「歌がこぼれる」と表現されている工夫に胸のひきだしにしまってあったかけがえのない出来事までが、つらなるように甦ってきます。

(問いの片歌 2 星々をつないで描くかたちさまざま)

未完成たった1人の君がいないと  伊藤小百合

【評】ひとつひとつ星をつないで、星座をみつけていた時ふと、そこにあるはずなのにみえない星を思う。あの星さえあれば、季節の星座が完成するのにと思いをはせながら、ふと誰かのことを考えてしまう時。恋の初々しさをストレートに表現しています。いまここにある気持ちのすべてを、5・7・7にとじこめたこころの速度の高まりを感じさせる作品です。

(問いの片歌 3 夕映えの商店街に誘い出される)

想い出がおじぎしている稲穂のように  山本弥祐

【評】小さい頃はよく遊んだ商店街に、訪れたときのなつかしいひとコマ。とてもやさしいまなざしの句です。ゆっくりと記憶を辿ると、作者の中に思いがけずあふれだしてしまった想い出を「おじぎしている」ということばをみつけたところにあたらしい魅力を感じます。セピア色にたたずみながら、「稲穂」のかすかな揺れに風の匂いまでが運ばれてくるようです。

(問いの片歌 3 夕映えの商店街に誘い出される)

長い影いちばん星にとどきそうだね  青山英梨香

【評】誰かと商店街をゆるやかな歩調で歩いているときのワンシーンの様です。すぐ隣りに居る人に話し掛けている様子が、リアルに伝わってくる、いきいきとした答えの片歌になっています。夜空になる前の空の色までが浮かび上がってくる「いちばん星」が効果 的です。商店街のにぎわいにまぎれてしまいそうな声と「長い影」。誰かの耳にとどく声と「いちばん星」が瞬間重なるはかなさが素敵です。

(問いの片歌 4 あのときの父とふたりの約束ひとつ)

温かい父のぬくもり小指に残る  久木元絵理

【評】父と娘が手をつなぎながら、約束したたったひとつのこと。今もそのときのことがじぶんの小指にぬ くもりとなって残っている。父親がいまよりもまだ若く、じぶんも幼かった頃の記憶が、あたたかく表現された作品です。父と過ごした時間がつらなり、現在を慈しむ。むかしの日記や写 真を見るような、そんなたいせつな情景が読む人の共感を呼びます。

(問いの片歌 4 あのときの父とふたりの約束ひとつ)

ボサノバに重なるようによみがえる声  富川正輝

【評】ゆるやかなボサノバのリズムに身をまかせるように、よみがえってくる父の声、父の記憶。  あの時ふたりだけで約束した事の、輪郭がゆっくりと現われてくる。その頃の父親の年齢に思いを馳せることで現在のじぶんのまなざしが、父とぴったりと重なってゆく。そんな父と子のたしかなつながりを感じさせてくれます。
 
総 評
 
 今回の「アルテア賞」は、答えの片歌の中になにかのはじまりを抱えた物語のあわいと感じさせるイメージの作品を10句選んでみました。問いの片歌が、歌のはじまりであったとしても答えの片歌は必ずしも、句点のようにピリオドである必要はないということを、みなさんの作品が気づかせてくださったように思います。  それぞれの問いの片歌に挑むというスタンスではなく、やわらかく歌に反応していらっしゃる若い世代の方々の作品が、多く見受けられました。こころの奥深くを降りてゆきながら、しずかに問いの片歌とお喋りしているような、現代の唱和の形が、ゆたかな表現となって現われていたように思います。  記憶のひとひらを紡ぎながら、あらたな「酒折連歌」へのイメージにつくりあげる、たしかな一歩。つくることのよろこびがにじんでいるようなそんな作品にまた来年も会えますように。
 
 
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