その一一六

 

 







 






 























  あじさいが ざぶざぶ揺れて 飛び散るみらい    

どうしましたかぁ。
と問診票をていねいに眼で追って
先生はわたしに尋ねる。

こんなかんじになったりすることが
あるんですけどとか
わたしはからだについて気づいている
ことをいくつか話し出す。

あぁそうですかと先生はとことん
やさしくて、はげしいことばを
持たない人のようにいろんな
質問をやわらかく投げかけてくる。

その球をあぶなげに受け取ると
ちょっとじぐざぐになったりしながら
もういちど先生に投げてみる。

でも始球式のときみたいに
たぶんちゃんと届いてないみたいなのに
先生はその球を拾ってくれて
もういちど先生の手から
球を投げ返してくれる。

椅子に座っている先生の向かいに座るわたしが
こじんまりした診察室にいて
そこにいるのは先生とわたしなのに
わたしはなんかもうひとりいるなぁって
感じがしてならなかった。

ふたりが交わしている内容は
すべて患者であるわたしのことなのに
わたし以外にわたしのからだが
先生とわたしのあいだに横たわっている
感じがしてしまったのだ。

からだはいつもわたしにひっついているものだと
思っていたし、そのいちぶやらを
うすく剥ぐようにして誰かに言葉にすることなど
あまりなかったから
とても不思議な感覚でいっぱいだ。

しいていえばじぶんのからだのことなのに
からだがちがう二人称で呼ばれているみたいな。

とくべつ酷使しているはずはないのに
ちゃんと年齢を重ねるとがたがくるように
なってるんだなぁと反省してます。

クリニックを出た斜向かいのビルに見覚えがあった。
そこはむかしむかし
好きだった人といちどっきり
お酒を呑んだお店でした。

記憶の中の階段がいまひかりを浴びてそこに
ありました。

痛くは無いけれどすこしむずむずした感じ。

でもそれを思っているのはじぶんで、
わたしひとりの貼り付いたからだで。
もうひとつの二人称ではなかったです。

あしたもそのクリニックへ行く。
またわたしは先生とわたしとそのからだと
三人でお話してこようと思う。
       
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