その一四一

 

 






 







 








 

くちびるが なまえをよんで だれかがこまる 

いま、家の窓という窓には
ビニルがはり巡らされていて
風が吹く度にさわさわさわと音がする。
時折ビニルの波が空気をはらんで
うねった運動を続けているのが窓に映ってる。

壁の塗り替えという工程のために
そんなことになっているのだけれど。

なんだか窓を開けても見えていた空が見えなくて
隣にあったはずの屋根や木々の緑も見えない。

いつも見えていたものが見えないという
ちょっとだけずれた日常。

かすかになにかがありそうという気配だけは
その空気でふくらんだビニルのむこうがわに
している。

曇ったフィルターでなにかを覗いている気分。

はじめは妙な感じだったけれどもともと
こういう見えない風情みたいなものが
好きだったかもしれないと、けっこう今は
この環境が気にいっている。

他はなにも変わらないのに窓の外でさわさわと
音が聞こえる度に、閉じ込められている感じに
おそわれる。

おそわれるってキーボードを打ちながら、
この状態って何かに似てるなって思った。

そうそう好きな物語を読んでいる時のあの
主人公たちをとりまく世界にいつのまにか
じぶんが引きずり込まれている濃密な感触は
まさに物語の中に幽閉されている感じで、
外のビニルの波の音はそんな思いを
連れて来ているみたいだった。

どこにもいけないのにそれが至福だという
ことはこのどこにもいけないここが
いきたかった場所なんだろうなぁと思いつつ
このぼんやりとしかみえない外の世界を味わいながら
わたしは幽閉について実はもっともっとちがうことを
考えていた。
あいかわらずばかだなぁ。
きっとこのままばかなまんまなんだろうなぁと呆れながら、
さわさわさわがいつのまにか心地よく部屋の中に響いていた。

       
TOP