その一四六

 

 







 








 







 

こわれてく あめかぜの音 ますますうそを

部屋のベッドの後ろ側の本棚にたつと
よみかけのではなくて、わすれていた
本に手を伸ばしたくなる。

4列のなかのちょうど上から3列目あたりで
ゆびがとまった。

背文字を流し読みしながらわたしのゆびが
とまったのはアンデルセンの「絵のない絵本」だった。

なんで読みたくなってしまったのかわからない。
眠る前、気持ちもしずかに収納された時間に
わたしのゆびがふとそこにとまる。
とまるっていうよりなんだかとまりたくなってしまった
みたいなゆびの意思だった。

もうずっとむかしにプロテスタント系の学校に通っていた
小学生の頃、チャリティーセールのなかの輪投げコーナーで
たまたま手に入れたものだった。

そのときの正直なきもちは、
つまんないもの手に入れちゃったなだった。
活字ぎらいだったわたしにとってはよろこびかたが
わからなかったのだけれど、転入してまもないころだったので、
まわりのクラスメートのてまえ、うれしいとかよかったとか
いってのけてしまったことを覚えてる。

いまとなってはそんなに苦い思いででもないけれど
当時のわたしとしては、なんか嘘つくって、はやくその場から
立ち去りたいようなこころおちつかない状態になるもんだなと
気分がよどんでいたその感覚だけは覚えてる。

すきじゃなかった本のはずなのに引っ越しのときや
本棚の整理のときにもいらない本の段ボールには
収まることなくずっともちつづけていたふしぎ。

あらためてページをひらくと、一枚の栞がでてきた。
黄緑の色画用紙のてっぺんにパンチで開けたまるい穴には
いまは色褪せてしまったピンクのりぼんがむすんである。
そしてそこに誰かの手書きの文字で<あなたの素直な心が
あなたを救います>って記されてあったのだ。

なんか、その文字のつらなりを目にしたとたん
何十年もわたしは見すかされていた気持ちになり
眠るどころじゃないような気持ちのかき乱され方をした。

たぶんこの本をはじめて手にした時にも
おさなかったわたしはこの栞のことばを目にしただろう。
嘘をついたすぐあとで開いたページのあいだにはさまっていた
ことば。たぶん胸にまっすぐに刺さってきて、
その刹那やっぱり神様はいるんだとこわくなったり
していたかもしれない。

<素直な心>。
こんなにシンプルなことばがいまになって皮膚をとおって
どこかわからないこころめいた場所に届いてくるとは
思わなかった。
いままでほんとはいやだけどじぶんをまもりたくて
嘘をついたこともいっぱいあったし、
ほんとだけじゃままならないことも覚えて嘘にからめた
ほんとみたいなことをしたこともあった。
でもそれでも、いまのいま。
たいせつな人やたいせつなものの前では
<素直な心>でいたいんだというじぶんの内っ側の声が
もうすでにそこに記されているみたいで、むこうからでなく
こっちからのものがすでにそこで待っていたのかと
夜がちょっとだけゆらいだ感じがした。

       
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