その一五四

 

 




 







 






 

煙突に たなびく煙り 雲になじんで

日曜日の夕方あたりだったと思う。
母は母で私は私で本やら雑貨やら
こんなのでてきたよとか
はじめてみるよそれとか
ねぇ捨てるどうする? いらない、いらないでしょう
使わないもん、でもやっぱ置いておこうとか
いいながら片づけ物をしていた。

たぶん母も私も片付けべたなんだと思う。
段ボールの中のブックオフ行きの本もいつか
どっちかがちらっと玄関に立ち寄る度に
1冊ずつ抜いたりするものだから
断然捨てるものより拾ってしまうものが多い。

間口は狭いのに収納スペースがやたらと広い
ロッカーがあって、そこにもぐりこんで
掃除をしていたら、冷たいフローリングの上で
鈍くひかる球状のものをみつけた。
愛猫の首輪の鈴がいっこだけ落ちていた。

いつだったか、夜、台所に立っている時
ふと動いた時足下にやわらかな毛が触って
軽くスリッパで何かを踏んづけたことがあった。

だいじな足を踏んづけたのに彼は一言も鳴かずに
音も無くそこにやってきてわたしを見上げて
プリンちょうだいの仕種をしていた。

緑色の首輪を見るとまん中についているはずの
鈴がとれてなくなっていた。

猫が歩くと鈴の音の遠さで姿がなくても
どこを歩いているかわかるようになっていたのに
そのとき彼が歩いてもとにかくいないもののように
ただ静かに足を交互にさしだしながら歩いていた。

鈴嫌いだったのか、鈴をなくしてからのほうが
あっちこっちを歩き回っていたような気がする。

あの時は鈴をなくして、黒猫が残り。
今は、黒猫が死んで、鈴が残り。

掌の中の鈴は捨てられなくて、とっておくことにした。

その時、母がわたしの背中に声をかけたのだ。
あんたの青い手帳に蜘蛛がいるよって。
よくみるとそれは青いブックカバーの文庫本の上だった。
大きな蜘蛛がじっと立ち止まっていた。

その本に収められている短編はどれもちがった形の孤独について
描かれていたから、 なんだか蜘蛛がじっとそこに止まってることが
不思議に印象的だった。

本の内容を少し母に話ながら私は自分の口から発する
孤独って言葉にこそばゆさを感じていた。
ほんとうの孤独をたぶんまだ知らないのかも知れないなと
黒猫が私の右手に残して云ったひっかき傷を眺めながら
すこしだけ孤独ってことの輪郭を確かめたくなっていた。

       
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