その一八二

 

 






 





















 

もうすこし 声が聞きたい 夏のでじゃhゅ

8時がクローズのお店にあわてて飛び込む。
アジアンテイストのアクセサリーや家具を
売っているお店。

行かなくてもよかったけどちょっと見たいものも
あったし覗いてみようと母とふたりで
駆け込む。

ほんとうは身につけるものもそんなにこだわりはないし、
どこのものでも気に入ったらいつもそれをしていたいから、
アクセサリーボックスなんて
いつもぐちゃぐちゃに近くて、でかけるまえに
あわてて、今日はなんとなくこれってかんじで
指にはめる。

だから指輪やジュエリーを売っているお店なんかにいくと
妙に緊張するのだ。なんだか日頃のそんなあてずっぽうな
ところを見抜かれていそうで。
だからいつも母のつきあい程度でお店に寄ったりするのだけれど、
その日はなんだか気分がちがっていた。

売っているおじさんがとびきり懐かしかったのだ。
懐かしいといってももちろんはじめて出会った人だし
どこか異国の人のようで初対面に違いはないのだけれど。
うまくいえないけれど、母とわたしとその人といつか
遠い昔3人でいっしょにいたことがあるような
そんなはじめての懐かしさだった。
お店の人が私達に接してくれる距離感がここちよかった。
そしてなによりもそこにならべられている
デザインもどれも好きなものばかりだった。

そして、ひとめぼれした。
エメラルドとシードパールのちりばめられたゆびわに。
たくさんのゆびわのなかからずっとそれいいなって思っていた
思いをすんなりと言い当てられて、どうしてわかるんだろうと
思いながらおもわず買ってしまう。
こんなにもどうしようもなくすきになるなんてびっくりしてしまう。

びっくりしながらショーケースをゆっくりと眺めていたら
おじさんがわたしの指をみて人さし指にされているのは
オニキスですかと訊ねてくる。
ちょっとだけはずしてもらってもいいですかと云って
するっと人さし指にやさしく触れて指輪をはずすとライトを
ぎゅっとちかづけてその灯りの下で外された指輪を翳して見る。

母からもらったものだったので何の石かもしらないままつけていた。
ほんの数秒鑑定してくれる。ライトのスイッチをかちっと消した時に
あぁこれは煙水晶ですねとやわらかな声が教えてくれた。

煙水晶。はじめて聞いた名前。もう十年ぐらい前からしてるゆびわなのに
名前を知った途端、今までにもまして近しく感じられる。
黒でもなくちょっとワインカラーのような色を放つその石は
光を浴びるとなかのほうでもやんともやっているようにも見える。
なんだか宝物をみつけたみたいに煙水晶って言葉を胸に刻んだ。

その日の帰り際ちょっとしたあくしでんとが起こった。
なにをおもったのかおじさんがわたしのことを
娘に呼び掛けるようにわたしの目をみて無意識におまえねって呼んで、
思わず口走ったおじさんはじぶんでじぶんにびっくりして謝り、
呼び掛けられたわたしは空耳かと思って瞬間かたまったあとたちまち
溶解した。そして、おじさんと母とわたしはひたすら笑った。

やっぱりなつかしさはわたしだけのものでもなかったことに
気づいて、根拠はないけれど安堵したようなふにおちたような。
なんだか昔もこうやってみんなで笑ってなかったっけって
こころのどこかにしまいこまれていた映像に光があたった
みたいな感覚に包まていた。

       
TOP