その一八八

 

 






 







 








 

傘のない 見知らぬ誰か ぬれてく街で

夜になってから降り出す雨が好きで、おふとんに
入ってからその音が聞こえると、なんてことはない雨の音なのに
雨降ってるよしよしってな感じで、そのあとすいすいと
眠たくなる。

このところたてつづけに、雨のシーンのでてくる映画に出会った。
ひとつはドイツ映画で、窓ガラスに映るたえまない雨のしずくが
窓の側にいる美しい女の人の顔の上を、すべるようにおちてゆく
映像だった。
窓辺に佇んでいたのは、とても美しくて気の強い、とびきり
雨の似合う人。
その日会うのがちょっとめんどくさいなと感じていたたった
ひとりの最愛のお姉さんが死んでしまった後の窓辺のシーン。
いちども涙をみせない彼女は、そこに立ちすくみ始めて
雨に思いを委ねながらかなしみに耐えていた。

もうひとつは日本映画で。すっごくいい加減な精神科医が
女性の患者から借りた、薄いブルーの折り畳み傘で
傘のエリアからはみ出しそうな肩を縮こませながら医院に続く
階段を駆け昇る。
いっぽう貸してあげた傘のせいでびしょぬれになった女の人は、
でっかいショルダーバッグで雨をさえぎりながらアパートまでの道を
急いでる。雨と軽くたたかいながら歩いていたその女の人の顔から
挑みの表情が消える瞬間があった。
重たいバッグを下げるやいなや、ふにゃっと顔から筋肉が解き放たれた
みたいに土砂降りの空にむかってくしゃくしゃに笑う。
好きな女優さんが演じていたせいもあって、そのシーンがとても
印象に残った。
人が雨にぬれるのを見ているだけで、なんだか物語を感じてしまう。
天気予報の中継などでもそうだけど、ああいうのを見ていると改めて
雑踏では感じ得ないひとりひとりの生や営みを感じて、その人たちの
輪郭がたちまちあらわになっていく。

もうひとつだけ雨絡み。
この間、誰のなんていう曲だったのか男の人なのか女の人なのか
若いのか、今なのかずっと昔のムード歌謡なのかも忘れてしまったのだ
けれど耳に棲みついて離れない歌があった。
イントロのすぐあと辺りで歌っている歌詞はたったひとつ<雨>だけで。
よく聞いていると雨が同じイントネーションじゃなくてあめのめのところが
強調されてたり、あめのあだけが強かったりと、そのバリエーションで
メロディーが奏でられていた。
ひとつの歌の中に雨の音が同じ抑揚でなく、あっちこっちにぶれてるのに
ぜんぜんコミカルじゃない仕上がりになっていることにちょっと感動していた。
季節や自然現象ばかりの言葉を集めた本の中の<雨>のページをみている時に
似て、いろんな顔の<雨>と遭遇しているみたいな感じがした。

ずっと使っていた思い入れの強かった傘がちゃれたので、
あたらしい傘を買った。
あたらしい傘を閉じながら、向いに座る人を見る。
服の胸元あたりに跳ねてる雨のしずくの跡を見て、傘ささなかったんだなと
思う。とつぜん傘がない人っていうのもいいなって、
雨垂れみたいな感情が沸き起こった。

       
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