その二〇〇

 

 




 







 









 

はきだした すなすなすなを もてあます夜

緑色とカーキー色の丈夫な買い物バッグの中のほうで
音がする。
きゅーきゅうーと、なにかが鳴いてるような音。

野菜を冷蔵庫のボックスに詰めながら
やっと鳴いていたらしい正体がわかった。
はまぐりだった。

パックにつめられた淡い縞模様の柄を背負った
とじられた貝殻が、ぴちぴちのラップの中で
音を放っていた。

のみこんだ砂を吐き出しているのか
その音は、そのままその姿のままいつまでも
鳴かせたいぐらい、きゅんとした小声だった。

何かを吐露してるときにいっしょに泣きたい気分に
なる時に似てるのかも知れないと
パックを手にしたまま、カーペットの上に座り込んでいた。

虫も鳴くし、枯葉も鳴く、砂も鳴くし、スリッパも鳴く
人も鳴くし、猫もなく。

鍋にはまぐりをがらがらがらと沈めて。
塩もたっぷり入れてひたひたに水をはる。
とたんに気泡をぷかぷか浮かべながら
はまぐりがきゅうきゅうと鳴きだした。
さっきよりももっと饒舌な感じで、吐露し出すのだ。
海の暗さを疑似でこしらえるために早く新聞紙を巻き付けて
蓋をしなきゃいけないのに、ついついその口々にのぼる
言葉めいた泣き声みたいな音に耳を傾けてしまいたくなる。

水の中で泳ぐでもなくたゆたうでもなくひしめき合っている
はまぐりのそれぞれが発している音に蓋をして訪れる静寂。

ふと思いだす祖父のこと。
祖父の掌が私の頭をくしゃくしゃになるぐらい撫でてくれた時の
あの熱っぽさを思いだす。
すると喉の奥がわけもなく熱くなってきて、ちいさかった頃わたしは
おじいちゃんに溺れてたんだなということに思い当たる。

おじさんにもおばさんにもおばあちゃんにも父にも母にも
弟にも誰にも溺れたことはなかったけど
唯一おじいちゃんには溺れていたんだなと、いえすいえすいえすと
頭を垂れて、なんのかけらもなくそのことを認めてしまう。

鍋の中に埋もれてゆくしずかなしずかなはまぐりは、
ちょっとだけ今、溺れてるようにみえて仕方なかった。

       
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