その二〇二

 

 






 








 







 

しゅんしゅんが ペーパーのなか 逃げてゆくまで

しろいぽってりとした陶器のドリッパーを
棚の上から出してくる。
映画の中でとってもおいしそうなコーヒーを入れる
シーンがあって、それにつられてしまった。

ほのかにチョコレートの香りのする豆をひいて
もらったのをうっかり忘れていて、それを
みつけだして、パックを開けた。

ほんのすこしだけぜいたくしたい時に寄る
チョコレートショップで買ったこと
甘いチョコのフレーバーのするコーヒー粉だった。

わすれていたものに、きづいて、みつけたって
思う時、ちょっととくした気分になるから
わすれるっていう行為もそうわるくないなって思う。
じぶんの言った言葉を忘れてて、あとであなたそんなこと
言ってたよって聞かされる時に似て新鮮になる。

じぶんのようでいてまるでじぶんでないような。

コーヒーぺーパの中に挽かれた豆をさらさらと
あずけて、お湯を注ぐ時のあのしゅんしゅんした
ケトルの口からこぼれることばはまるでイントロだな
って思う。

コーヒーの粉の上にのの字を描くと、たちまち甘い
香りがたちこめて。
湿ってゆく度に香りを放つこの瞬間、漂ってくる
空気の甘さってなんなんだろうって思いつつ
あたたかな気持ちに充たされていた。

映画の中では幻のコーヒーの話というのが出てくる。
どこかの国には、るあぷ? (何度繰り返し聞いても言葉が
鮮明じゃないのでまちがってるかもです)
っていう昆虫がいて、その昆虫はちゃんと甘くなる
コーヒー豆だけを選んで食べる習性らしく、お腹の中で
うまく精製されたコーヒー豆で飲むコーヒーは
格別なんだとか。

最近はその味を聞きつけた人達が、昆虫を乱獲したせいか
今では貴重になってるらしいのだ。

幻のコーヒーをいちど味わってみたいなと思いつつ
いまこのささやかな部屋を包んでるこの香りも
じゅうぶんわたしにとっては、まぼろしに近いなと
思っていた。

こんなに確かなのにいつだってつかのま不確かになって
ゆくことにすこしばかり翻弄されながら。

       
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