その二一〇

 

 






 







 







 

兄のこえ 道を説くあに ふいに祈って

ちいさな机の上でちいさなゆびのまま
黄色い色の折り紙を折っている女の子が
いた。

ガラス張りの部屋の中でおおきな真っ黒い
ピアノの身体のいちばんまるいところだけが
ほんの少し見えていて、女の子はその側で
折り紙を折る。

お寺の中にある幼稚園らしく、境内を
歩いていたときに、ちらっと目に映った。

ゆびの動きは鶴なのかなぁって勝手に思う。
先生らしき少し年配の女の人が、たぶんをその
女の子の背に声をかけたんだと思う。
すわってる女の子はしずかに頭を上に仰け反らせて
先生を見上げる。
はい、なのか黙ってるのかよくわからないけれど
照れてるような困ったような風情の女の子は、
躊躇しながら指を折り紙にもどして、たどたどしい
ゆびで折ってゆく。

音のきこえない場所からは、すべてが動きだけでしか
知る術はないけれど、あのガラス張りの部屋の中の
空間がとてつもなくしあわせなものに思えてくる。

折り紙なんて、久しく折ってないなって思いながら
砂利道の砂利をこすらせる靴底のまま歩く。
じぶんの足音ととなりの人の足音は、すこしずつ
ずれながら、こっちへと伝わってくる。
誰かのリズムとじぶんのリズムがあきらかに
ちがっていることに気づいて、人の輪郭のようなものを
すこしだけ意識してしまう。

たくさんの人達がふみしめたかもしれない砂利道に
いまのじぶんがつながってるような気がして
いにしえをたくさんたずさえたこの境内が
どこかのアスファルトとはまたちがう趣きで
迫ってきた。

あの女の子の黄色い鶴はいまごろどこくらいまで
折れたのかなって思う。
懸命に折り紙とじぶんの距離から目をそらさないで
ゆびを動かしてゆくその姿はなにかに似てるなって
そういえばさっきから気になって仕方なかった。

砂利のいくつかにくっついた、薄い葉の先が茶色く乾いた
桜の花びらをみながら、あぁとなにかが反転したような
思いが浮かんだ。

折ると祈るはすこしだけ似ているのかもしれない、と。
あやふやなまま<おるといのる>を同じ箱の中に
入れておきたいようなそんな気分に駆られた。

       
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