その二一九

 

 





 






 








 

あさっての 乾いた羽根を 風にまぎらせ

ベランダで蝉が仰向けになっていた。
たぶん夜のうちに死んでしまったん
だと思った。

そういえば、風にまぎれてかすかに
かわいた、かさって音が夜からしていて、
そのときは気がつかなかったけれど、
朝の洗濯のときにみつけた。

くるっといつか反転してしまうからだ。
羽根を下にして、お腹をみせて。
猫だったら気をゆるしている証かも
しれないけれど、蝉の場合は
あっちの世界に気をゆるしてしまった
のかもしれないと思う。

ティッシュペーパーで蝉を拾おうと
しゃがんでつまもうとしたら
うまくつかめなくて、変だなって
思ってたら、蝉は羽根を何度か
こすって音を立てた。

死んでると思ってたものがちゃんと
動いたのでびっくりして、ティッシュ
ペーパーだけをとろうとしたら、
うまく離れなくて、なんでだろうと
みていたら、蝉が懸命に節足のところで
ティッシュを引き寄せていたのだ。

じりじりとにじりよるように仰向けの
からだのままで、足だけは力を振り絞って
ちり紙にしがみつく。

鳴く元気もないことはわかるからだでさえ
ティッシュをつかまえようとする
その姿から一瞬眼が離せなかった。

たったそれだけだったかもしれないけれど
たったそれだけのことがいつも日常では
起きていて、みえなかったものの
存在を知らせてくれているのかも
しれないなって思う。

七日目の蝉だったかどうかは
わからないけれど、さいごのてまえに
出会ってしまって、あきらめなさの
本能をみたことに、にんげんである
わたしは勝手に共鳴していた。

       
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