その二二五

 

 





 








 













 

海底に なまえがしずむ ひかりに触れて

ここでは日傘なんかさしてる
ひとはあまりいない。
肌もぜんぶむきだしで、いさぎよい。
じぶんが若かったときのあからさまな感じを
思い出させてくれる場所だと思う。

黒い日傘にサングラスに羽織るもの。
何かから防備しようとしていることじたいが
ぶあつさを呼んでいることにきづいて
しずかに傘をたたむ。

江ノ島弁天橋の下をクルーザーが駆け抜けて
ヨットの帆がいくつか標本の羽根のように
水面をたゆたって。
洞窟めぐりのお客さんの呼び込みをしている
機敏そうなおじさんのその声の誘惑に駆られる。  

さざえのつぼ焼きや水に濡れた魚の匂いを放つ
店の前を歩いているとむかしみんなで行った
夏の家族旅行を思い出す。
あたらしいコルクのヒールのサンダルを
買ってもらって好きな洋服に身を包みながら
父の同僚に靴をほめてもらって、 どきっと
うれしくなりながら、フェリーに乗った
日の事など。

どこにいても日差しから逃げられないと観念
しつつも、九月のはじめあたりにまだ夏の名残が
ちゃんとここを照りつけていることが妙に
うれしかった。

日差しは夏だけど風は秋めいてるとかじゃなくて
まるっきりカレンダーを早く捲り過ぎた感じで
まだそこに八月がちゃんといた。

その日の夜、父や弟達とひさしぶりに会った。
ノースリーブだった腕のあたりに昼間の火照りを
感じながら、楽しい時間が過ぎて行った。

ふと父や母の幼かった頃の話になって、あたりまえ
だと思っていたわたしがここにいることをとてつもなく
ふしぎになりながら、のど元あたりをお酒がしみてゆく。

家族であること家族になることの確率みたいなものを
思っていたら、父と母と出会えたことも、弟や彼の伴侶や
子供達と出会えたことも、かけがえのないものだと
思えて来て仕方がなかった。
こんなふうに感じてるなんてきっとわたしが年を重ねた
せいなんだと思う。

昼間は夏だったのに夜はすっかり秋だった。
なんだ居座らないのか夏はって思ったら、せつなくなって きて、
秋の気配なんてまだまだにじませなくていいのになって、
夏にちゃんと未練を感じてるじぶんをすぐに砂の上に
まぎらせてみたくなっていた。

       
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