その二二七

 

 






 






 













 

にじんでる 地図の欠片を 栞にかえて

雨の日に教会の近くにあるはじめての
ギャラリーを訪ねた。
あてずっぽうに歩いていたらやっぱり
まちがっていたらしく、なんども
迷いながらたどり着く。

住んでる町で迷うのが好きなので
目的地になかなかちかづけない。
教会の近くにあると地図に記されていた。
わたしが目指していた教会は、たどり着いてみると
昔知っていた教会で、ちくちくと記憶のふくろが
まるい針でさされてるみたいな気分になる。

ギャラリーは、どこからか木の香りのする室内で、
フローリングを歩く度に、
やさしく軋んだ音がここちよかった。

いつか見てみたいと思っていた谷中に住んでいらっしゃる
ジム・ハサウェイさんの墨絵。
作品は、壁に掛けられたり、木のテーブルの上に
並べられたりしていた。

さっきゆるくかき乱されていたちくちくした気持ちが
墨絵を見ていると、ふいに交じり合って、わけもなく
とくとくと脈打ってくる。

そこに描かれているのは湘南の風景だった。
見慣れた場所がいつもとちがって見える。
墨の色の濃淡とみどりや思いがけない明るい色が
うねるように飛び込んでくる感じ。

江ノ電を描いた作品を目にしていたとき。
そこを包んでる躍動感というか樹々の一本一本が
うごめいている感じに捕まってしまった。

たとえば電車に乗っていても、動いてるのは電車の
はずなのに、景色のほうが生き物のようにたわみながら
ゆらめいて、歩幅も大きく歩み寄ってくる。
こっちがわだと思っていたけれどじつは、動いているのは
いつもあっちだったんだなって、気づかされてしまった。

墨のにじみ。
にじんでるって、どちらかというと時間の流れをゆるやかに
変えてしまうものだと思っていたけれど彼の作品において
にじみは、刻一刻と時間を刻むエネルギーと速度を感じた。

ほんとにそのせつな衝動的に速度っていいなって若い頃から
あまり憧れた事がないのに今日に限って墨絵と向かい合って
いたらなぜだかこの速度にそそのかされたいなって
こころの中が疾走していた。
なにもみえなくなるような記憶の隅にも残らないような
そんな速さを手に入れたいと思うじぶんに驚きながら。

       
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