その二三三

 

 






 






 


















 

おにいちゃん 闇のまんなか 声きえるせつな

鬱蒼とした森の闇のまんなかにまあるくひかりが
さしているユージン・スミスの写真を見ていた。
そのひかりの輪のなかへと、あるいてゆこうとして
いるちいさな兄と妹の背中。

いちど見た時から、彼らと彼らをとりまく、自然の
無防備さに圧倒されていた。

いまからそっちにゆくよっていうかんじの女の子の
左足の動きがたまらなく、胸をしめつけられる。
彼のドキュメンタリーを見ていたら、森の闇のまんなかに
穿たれた光の輪はそんなに大きくなかったらしい。

すこしずつひかりのバランスを考えながら、暗室で
写真を作っていたことが明かされる。
戦後1年ぐらいしてからの作品だというナレーションを
聞きながら、もういちどそのいちまいを見ていたら
その光の輪がなんだかもっともっと切実でかけがえの
ないものに見えてくる。
そして決して彼らはそこから無邪気に踵をかえす事は
ないかもしれないなという、よくわからないけれど
確信に似たものを感じていた。

背中もいいし、兄と妹ってところもいい。

乃木坂にピカソ展に行って、ちょっと際立つような
女の人の顔ばかりをみたせいかもしれない。
めくるめく色とりんかくあらわな顔ばかりを見たせいか
色のない世界にすっとなじみたくなったのだ。

ほんとうの世界とはすこしずつずれて、ここに存在
していること。ずれはずれのままに。
基のあるべき場所にいたはずのところになにか別の
ものがはじめからそこにいたかのように
居続けていたとしても、ずれたままに。
そんな世界にしびれてしまう。

兄が妹の手をつないで、ひかりの渦のなかへ。
ちいさいころ兄がいてくれたらなぁと思っていた
ことを思い出す。
こんなふうにして、なにか不安なことがあっても
兄といっしょに手をつないで、みじかい足で
いっぽずついっぽずつ、未知の世界へと
足を踏み出してみたかったのかもしれない。

思えば写真のモデルの彼らは、わたしの母と
おなじ年齢ぐらいの兄と妹であることを
思ってすこし驚く。
いつまでもちいさな兄と弟が森の闇の中を
進み続けているわけじゃないのに、その一葉を
みた瞬間からふたりは永遠になってしまったのだ。

       
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