その二四二

 

 






 







 






















 

春の風 ふたつおりにして かばんのなかへ

部屋にはかばんが多すぎる。
そう思って整理しはじめたのだけれど
なんだかこれが、はかどらない。
ひややかになってみて、うっとがんばれば
なんとかなりそうだけど。
やっぱり、どしてもすてられないかばんが
ある。

冬の定番のようなちっちゃな黒のぼあのバッグで、
高価だとかデザインがとくべつすきだとか
じゃない。けれど肌触りは気に入ってる。
それがどうしてもすてられない。

ショルダーのところに茶系のイミテーションの
はねはねがついてる。
その羽根はむかしはもっと、ふさふさだったけれど
いつかなくしてしまって、いつのまにかひっそりと
二枚ぐらいの羽根しか残っていない。

ずっとむかし、そのかばんの中にはとある方に
いただいたCDが入っていた。
ハリーアレンっていう面白い人がいるんだよって
ジャズ好きの方からいただいた二枚のCD。
タクシーを拾って帰らなきゃっていうとき
そのかばんの中からハンカチを取り出そうと
したときに、CDとハンカチがはさまって
ファスナーがハンカチをかんでしまった。

にっちもさっちも。ゆきつもどりつ。
どんなにしてもファスナーはこわれたままで
困っていたとき、いっしょにいた方が助けてくだ
さったのだけど。そのときその方が、これだめになっても
いい? って聞いたので、かばんがダメになるのは
ちょっとおしいかなって思って、これが? ってぼあを
指さして尋ねたら、ばかちがうよこっちって感じの笑みで、
その方はハンカチを指さした。
あ、ハンカチか。と思ったけれどなくなくかばんがこのまま
こわれものになったままよりはいいかと、
いいですよって答えた。
うん、おっけーわかった、そしたらちょっと離れてって
云われたので支えていたじぶんのばっぐから離れた。

そこから先はぼんやりしたわたしにとっては魔法のような
出来事だった。
その方はジャケットの内ポケットからジッポライターを
取り出すと、しゅぼっと炎をまっくすにした。
ゆらめく炎をファスナーになんどか近づけた。
その何度目かのせつなハンカチは、かまれていたことを
すっかり忘れていたかのように、
するするとファスナーから解放されていった。

そのときのなんていうかカタルシスってこういうことか
っていうぐらい、なにかがするするっととけていく
感覚にくるまれた感じがした。

すみれいろのハンカチのいろんなところは焦げて
しまったけれど、かばんはファスナーがとても熱を
帯びていることぐらいで、無傷だった。
なにげなくぼあを覗く。
いつだってそれはただぶらさがっているだけなのに、
なんだかぼあのもってしまっためぐりあわせみたいな
ものがあるような気がして、こりゃ捨てられないなって
きもちでいっぱいになる。

あのとき頂いたCDもときおりむしょうに聞きたくなる。
ジッポのあのまっくすの炎はいまも健在かなとも
むしょうに思う。
むしょうってなんだって思う。
おもむろにぼあに触れた。
あのうそっぽいふかふかにすこし救われていた。

       
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