その二九二

 

 






 





 
















 























 

ゼブラゾーン 人待ち顔や 犬待ち顔や

信号が青から赤に変わってすぐ。走り抜けてゆく
大型トラックを見送りながら ぼんやりと
向かい側のあたりをみていた。

一匹のビーグル犬が おばあさんに連れられている。
リードのひっぱる方角と違う方へと行きたがってる。
おばあさんは負けて犬が勝つ。
よくみると向かい側にいるわたしをじっとみていた。
なんだか訴えかけるかのように見つめられる。
犬に凝視されたり 不憫そうな視線を送られる。
そういうことはしょっちゅうなので
そのまなこがすこしだけ重たい。

彼の視線を遠ざけるように空をみていたら
空を飛ぶ犬の映像をみたことをぼんやりと
潮の匂いのみちてゆく風のなかで思い出す。

高度何千メートルをゆくセスナ機の開け放たれた
扉めがけて風がうるさく吸い込まれてゆく。
幾人もの警察官の人々の間で、たった一匹の訓練中の
警察犬は少しおどおどしている。  

ナレーションがかぶる。
<犬には恐怖心というものはないんですね。空の上から
地上へと落下することの怖さよりも、いつもと違う人々の
間に身を置いていることの方が犬にとっては不安な訳です>。

恐怖心がない。とにかく恐怖心さえなければかすかな
希望にはありつけそうで。そのとき正直、ばかで
すてきだなって思った。  

レスキューと書かれたゼッケンをつけた犬が警官の
太ったお腹の上に縛り付けられて、空を飛んでいた。
警官は大きすぎる不自然な荷物を抱えているみたいだった。
やがてパラシュートが開いて、風がはらむ。
人間の体のあちこちがパンクしそうに膨らんでいる。
メリーポピンズのように、まあるく。

ゴーグルをした犬が警官のお腹のあたりにぶよぶよと

強風に吹かれながら浮遊している。

顔の表情までは定かじゃないけれど、ベルトを胴回りに
巻かれたまま人間に抱かれて、後ろ足は何故か、その人の
脇あたりにちゃんとお行儀よくふたつ添えられていた。
そして尻尾は、風にふかれるまま斜めに天を向いて
ぶるぶると震えていた。  

せつなかった。
必死に人にしがみつく犬の姿を目の当たりにしたからか?
人の為に役に立とうとしていること自体になのか?
そのせつなさに私は目をそらした。  

信号が青になった。ゼブラゾーンを渡りきった歩道に
ビーグル犬がいた。
目が会う。わたしに抱きつかんばかりに前足を上げて
犬が鳴く。んーんー。くーん。
こころもとない音色。
犬っていう生き物のが、いまだにわからない。
啼かれる度にとまどいながら、でたらめなリズムで
あるいてみたい気分に駆られてしまう。

       
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