その三〇五

 

 






 






 























 























 

かたわれの 月に呼ばれて ふりむくそぶり

出窓の外は、屋根につもった雪がマシュマロを
とかしたときのようにつもっていて。
そこから見える景色がいつもとずれている
感じがする。

カーテンのこちら側の茶色いテーブル板には
ヒヤシンスが、トレーの上に並んでる。
いつか植えないとと思っていた新聞やさんから
もらった球根。

リキュールを入れるような小さなグラスをうっかり
割ってしまってその片割れがはぐれてしまったので、
おんなじようにふたつを
並べて水栽培することにした。

小学校三年生の時。ひんやりと冷たい石の机に
ならんでいた教室の生き物たちを思い出す。
めだかや金魚の水槽の横には、じゃがいもから
芽がでているのとか、ちいさな鉢植えの植物の
なかでもひときわ目立ってそこに存在していたのが
ヒヤシンスだった。

砂時計の八の字型の硝子に似た水栽培用の入れ物に
ぽっこりとおさまって。
根っこのひげが、ひたひたと揺らいでいた風姿を
久しぶりに思い出しながら。

当て字みたいだけれど、日本名で風信子という
名前がついているところもなんだか、きもちが
そそられる。

あのつやつやした緑色の葉の中に内包されている
鱗茎の中にだれかの風のたよりが潜んでいると
思うと、いろいろな思いが巡るようで面白い。

いつだったか銀座のお店で、あるひとが昔の初恋の
話をしてくれたことがあって。
「風のたよりでいまどうしているか知って
るんだよね」っておっしゃった時、なんだか人の
声に乗って聞こえてくる風のたよりはとても新鮮で、
井上陽水を聞いたときぶりだなって思って、
その言葉の響きをいつまでも味わっていたような
記憶が甦る。

思いがけない雪。窓の向こうは見渡す限り白で
覆いつくされて。しんしんと寒い。
部屋の中の本棚のすきだった本もひんやりと
表紙がつめたい。
なのにふたつ、いきいきとすこやかな緑色の
葉をすっくと伸ばしているヒアシンス。
ひとつは成長がすこし早くて、もうひとつは
駆け足で、背中をみながら走ってる感じ。

冬にはさまれた窓の外側と内側のあわいにある
出窓のテーブル板の上に、春を呼んでる風情が
ひとつの空間をこしらえてる。

一瞬静物画のようでいて、ここにあるふたつの
生き物は、むくむくと春に向かっている。
けっして静かで動かないものではないんだなって、
思うとゆっくりとこころがひらいていくような
気持ちになった。

       
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