その三三一

 

 






 






 





















 

人知れず おくれてゆく まなこと声と

鼻の奥からすっと入ってきて
胸のまんなかあたりでもやもやっと燻ったあとに
すとんと消えてゆく墨の匂い。
久しぶり、筆を手になにかをしたためたくなったのは
ジムハサウェイさんの個展を訪れたせいかもしれない。

藤沢にあるわたしに好きなギャラリーCNで始めて
墨絵作家である彼の作品を目にしたのは3年前。
江ノ電を描いている作品に出会った。
車体の外にある樹々も蠢きながら、
同じように江ノ電そのものが生き物のように線路を
はみだしながら描かれた世界に触れて、
墨のエネルギーが迫ってくる。
あのときは、ジムさんの作品と対峙しながら、
とてつもなく速度に憧れていたかもしれない
自分に気づいた。

あれから三年。あの時のイメージをからだのどこかに
まとったまま、ギャラリーに足を踏み入れる。
富士山も太陽も水も風も。
そこにくりひろげられていたのは、まっとうな日常と
かけがえのない日本の風景だった。

新しい試みのエッチングを目にした時。
今までのジムさんの表現とはまたちがうあたらしい
欠片を拾った感じがした。

息をほそくながく唇から糸のように吐きだすことの
できるひとが、ものした作品がそこにあった。
あの日の速度をすべてそぎ落として、ゆきついた
しずかなしずかなそれでも、かたくななエネルギーの
ようなもの。

昔みたときには気づかなかった、静のリズムをジムさんの
指先から感じる。
しずかであることは、何も産み出していないわけでは
ないことに、あらためて気づかされて。
そこに潜んでいるとてつもない情熱が、
じわじわと伝わって来た。

フロアの木の床の心地いい音を耳にしながら、ふいに
どの作品群にも<息をひそめて>という想いが絡められて
いてそれが、ひしひしと込み上げて来るような。

ギャラリーを出ると、春の嵐のような風が
吹き荒れていた。
ジムさんの作品を目にしたあとは、いつも雑踏や
雑踏をとりまく環境が、いつもとちがって見える。
あっちでみていたはずの世界がこっちの世界に
すっと入り込んで来る。

太陽も風も、じぶんの身体にふれているものの
かたちがみえてくる。そんな作用を及ぼして。
日常が、ほんのすこしいのちを吹き返したように漂う。
いつまでもこんな時間が続く事を願いながら
見知らぬ人達となんどもすれちがいながら
ゆるやかな上り坂をのぼっていた。



       
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