その三四九

 

 

 






 







 




















 

過去からの 声なきこえに 耳傾けて

 一輪挿しの青い硝子の器。
 いつだったかおしりのところのおそろしく繊細に尖った
水がたまるところをぽきんと折ってしまったのでいつしか
それは花が生けられることのない、ちいさな器になって、
白い壁に吊るされている。

 ぽつねんと飾られている青い硝子のそれをみるたびに
花を受け止められなくてもその存在が確かであることに
ほっとしたりする。

 みらいを呼び込んでいるようなゆく年来る年の風景に
包まれながらいつものように母と二人で大晦日を迎える。

 どとうのごとくの一月一日のおわりかけ、キッチンから
やっと解放されて、今年初めての映画を見た。
『マイレージ・マイライフ』
 リストラ宣告人である主人公が、あちらこちらの企業に飛行機で出かけて行く。つらい事実を伝えるための出張旅行の度にマイルが信じられないほどたまってゆく。
 そんな彼の人生とそれを取り巻く人達の感情にまみれた生活。

 彼が講演会のような場所でスピーチするシーンがあった。
 あなたのかばんの中には何が入ってますかという、聴衆への問いかけ。
 それは実際の旅での必需品ではなくて、人生の鞄の中にはという比喩がちりばめられていた。
 主人公は、いらないものを鞄の中からひとつひとつ捨ててゆくことを勧める。身が軽くなることで、人生の風通しの良さを実感することを力説してゆく。

 ひとりの女の人と出会い、主人公に訪れる変化。
 からっぽの鞄のせつなさに気づいて、いまはそのなかになにかを入れてしまいたい思いに駆られる。
 その思いのテンションが主人公とともに観客であるわたしも高みに迷い込んでいた最中。
 そこにはまた別の空っぽ感に見舞われるというシニカルな事実が隠されていた。

 鞄の話に耳を傾けながら、じぶんが背負っているちいさな鞄の中身を思う。
 <生き物はじぶんにないものをたえず求め続ける>
 かつて読んだ山際淳司さんの小説の言葉を重ねてみる。

 ラストシーンが近づく。
 空港での主人公の呆然とした後ろ姿。今日は終わっても
あしたもじんせいは続くと、厳然と語っているようで、
甘い結末を微笑みながら拒んでいるようで、どことなくすがすがしい映画だった。

 少しだけじぶんの傷をふくめたいろんなものの輪郭が露になってゆく一日の夜の時間を過ごした。
 主人公の言葉を思い出しながらことしの鞄のなかに、いれたいものをすこしだけ想像してみる。

 あなたのかばんのなかみが、すくすくとすこやかに育ちますように。
 どうぞ2013年も、「うたたね日記」をどうぞよろしくお願い致します。


       
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