その四三八

 

 

 






 




 


































































 

伸びてゆく そんな気がして ページをめくる

 なんとなくこころが、ざわざわして。
落ち着かなくて。
ひとのことばがいちいちからだのどこかに刺さったままのような気がしている日が少し続いていたとき。
 新聞の読書欄を読んでいたら、メキシコの市場を歩いていて、その人いきれにめまいを覚えるといった描写から始まる好きな作家、星野智幸さんの文章に出会った。

 彼は<私は仕事に疲れ、日本社会に疲れ、つかの間の離脱を求めて、メキシコに来ていた>と続くその言葉にいざなわれる様に、夢中で読み始める。離脱という二文字にただひたすら惹かれたのかもしれない。

 映画作家であり、小説家でもあるミランダ・ジュライについての作品「あなたを選んでくれるもの」についての思いが、繊細に綴られる。
 
 旅をしながらそこに集うメキシコ人達を見て彼らの人生をわたしは知らないと彼は思う。それはじぶんの人生を彼らがしらないことと同様に。そしてそういう感じ方は、ミランダ・ジュライもまた同じであることに気づく。

映画を作るためのプロセスで少し行き詰ったジュライは<地味でささやかなマイナーな存在>の人たちに出会いながらインタビューを続ける。
「世界には無数の物語が同時に存在して」いること、そして、誰しもがその物語の<ひとつに過ぎないのだと思う>。そしてそんな人達の人生はだれしもが確かな<重さと魅力>を携えていることを彼らの<人生を尋ね>ながら知ってゆく。
評者である星野さんは<自分であるということの奇跡をこんなに美しく生々しく繊細に描いた作品を、私は知らない>という表現を用いて言葉をとじている。
 そして。わたしはもやっとした思いから半ばすがるように読み始めた文字のつらなりが、じぶんのなかにいつのまにか溶け込んできて、ふいに霧の外にまで紛れ出ているような感覚に包まれていた。

 

       
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