その四五三

 

 






 







 





















































 

ゆくりなく 風と出会って ゆずる思いは

 いつかずっと昔に、雲形定規というものを親戚のおじさんの事務所の机の上でみたことがあった。
 たぶんいろは淡いオレンジ色をしていて、どこがはじまりで、どこにつながっているのかわからない、ふしぎな物体をみたときの感覚はいまもうっすらと覚えている。

 デザイナーをしていたおじさんは、いいよじゆうにつかってごらんっていったけれど、うまく扱えなくて、鉛筆の先がうまく運ばれていかない面白さをはじめてしった道具だったかもしれない。
 それでもそれがぽつんと、おおきな机の上に置いてあるのを見ているのがすきだったような気がする。

 ひさしぶり雲形定規に出会ったのは、実物ではなくて、新聞の「折々のことば」の中だった。
<一つの辺がいつのまにか妙にひねくれて内側へ曲がっていたり、かと思うと、まっすぐな一辺が突然断崖絶壁になったりする>
 小説の中の主人公の言葉が引用されていた。
 記憶の中の雲形定規の輪郭をおもいだすまえにその描写と共にあの淡いオレンジ色が目に浮かんできた。
 主人公は人生や世界を雲形定規に例えている。
 ちいさかったあの頃はじんせいとか世の中とかまるでわからなくて、ただただきれいでふしぎなおじさんのお仕事用の道具でしかなかったけれど。
 そういうわれると、そうとしかおもえない。
 雲形定規は、なにかみえない力、その用途以外に発揮する力のようなものを備えているのかもしれないなって、記憶をたどる。
 ずっと会えると思っていたおじさんとも会えなくなってしまったし。遠いあの日の雲形定規が、いまとなっては、もろもろをふくんだ暗示のようにもみえて、あのひねくれた形がいまとなってはちょっと疎ましい。

       
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