その五〇四

 

 





 







 






















































































 

三日月の 夜のすきまと 風にまぎれて

 映画を観ていても壁にかざってある絵とか冷蔵庫にマグネットで貼ってある切り抜きとかををみるのが好きで、巻き戻してでも見てしまう。

 今日みた映画の中では、ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」とキースへリングと、大統領夫人だったジャッキーの肖像画が飾ってあって。
 どういう脈絡なんだと、思いながらもその登場人物の不埒さが垣間見えて面白かった。

 フランスで暮らしている画家のたまごのクレヴィルさん
っていう女の子のアトリエを訪ねた、雑誌の記事を読んで
いたら、彼女の大事にしているものが綴られていた。

 クロゼットの横の壁。
<月夜にたたずむ妖精の絵>や<枕元には妖精の置物>
<本棚には妖精の絵本>
「信じてるの?」っていう問いかけに、彼女が答えるその
たたずまいが気に入った。
「信じなくてどうするの」だった。
 わたしは妖精好きだったことはないけれど、その確固とした思いが、まっすぐ伸びていてすてきだなって思う。

 お母さんのふるさとブルターニュ地方には、<アーサー
王伝説で有名なブロセリアンドの森>があって<昔からの
伝説やおとぎ話の舞台が数多く残っているらしい>
 彼女はお母さんからそんな話の数々を聞かされて育って。
 小さい頃すきだったものが、いまも好きなのだという。
 
 彼女はたまたま妖精だったかもしれないけれど。
 小さい頃すきなものは、たぶんおとなになっても、こよなくすきなものだったりする。
 それが、なにかを創ることの太い根っこの支えになって
いるとしたら、なにものにもかえ難い心強いものだと思う。
 すきなものはなんでも「信じなくてどうするの」っていうことばに尽きるなって、なんだかふいに目が覚めた感じが、ふつふつとして。

       
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