その五二十三

 

 






 







 

































































































 

夕暮れの thank youだけが 耳に届いて

 あしたは庭をする。ずっとほったらかしてあった庭をなんとかする。そう宣言したからにはやらなければいけないのに、ぐずぐずして、夕方から始めてしまう。

 玄関のアオキという名の植え込みがそれはそれはすごい繁り方をしていた。
 ハサミを入れる。いきいきとした緑いろの葉っぱが、
コンクリートのガレージにいくつも重なって落ちてゆく。
 そばをみていたら紫蘭が去年より大きくなって咲いていた。だまっても咲いている花をみるたびに、いつも、こころのどこかで謝っているような気がしてしまう。

 だれもみていなくても、手入れを怠っても、季節がめぐるとちゃんと繁るし、ちゃんと咲く。
 ほんとうにこまったものだとおもう。
 こういうことでいいのかと反省もしてしまう。
 夢中に作業していると、いま住んでいるここではなくて、幼かった頃から30代半ばまで暮らしていた大阪の庭のことを思い出す。

 日が暮れるまで座り込んで雑草を整理していたわたしは、ふと通りを歩く誰かの視線を感じて顔を上げた。彼はよくみかける近所に住んでいるイギリス人の男の人だった。歩いていたその速度をゆるめると声を出さずに<thank you>と唇が動いたのがわかった。あわてて立ち上がりわたしは軽く会釈することぐらいしかできなかったけれど。
 しばらくしてあの<thank you>って? って思って腑に落ちた。知らなかったけれど。みていてくれていたんだ。庭って道行くひとのためでもあるんだと、気づいてうれしくなったことを思い出す。
 花を咲かせていたのは祖母や母だったけど彼女達の代わりにわたしがお礼を受け取ったような気がしたのだ。
 そういうことなんだなって。
 あのときの<thank you>はだいすきなおじさんに頭をなでてもらった子供のようにちょっとうれしい出来事だった。

       
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