その五三一

 

 






 






 

































































































 

おしまいの はじまりみたい 遠く、遠くへて

 ときおり聞こえる、夜の鳥の声。真夜中のだれもがねしずまってしまった頃に窓のむこうのむこうのほうで。
 正体をみたことはないけれど、日本にもいないはずのそれを勝手にわたしは小夜啼鳥だときめつけていて。
またの名をナイチンゲール。
 ほんとうはちがうのに、そうおもうだけで、ちょっとしぎな気持ちになる。
その鳥の声がすきなのは、きっとむかしむかしにある人と電話で喋っていて、夜も明けようとしてい頃に、聞いたことがある鳥の声だったからかもしれない。

そんなことを思っていたら、この間好きだった役者さんが演じていらっしゃった<絵本を演じる>という趣旨の番組の中で、いつも聞いていたあの夜の鳥の声が鳴いていた。
 うわ、これこれこの声って思う。やさしいおじいさんを演じる彼の背中のむこうであの鳥が鳴いていた。
 おばあさんにつくってもらったおにぎりを、まるい穴のなかに落としてしまう彼はその穴のなかで、ちいさな声を聞く。
<ぺったんぺったん、ねこの居ぬ間にぺったんぺったん>
 お米をついて、おもちにしているねずみの声だった。
 これは、むかし読んだことのある<おむすびころりん>だと知って、なつかしくなる。

 懐かしくなると同時に、あの日電話の外で聞こえていた鳥の声を思う。あの日、あの時間のなかには、すこしだけ未来が微量含まれていたのに、その人はもうおじいさんになる少し前に、なくなられていたからすこし複雑だった。
 いつだったか宣教師たちが、日本語で残したものについて書かれた、神父様の言葉をよんだことがあった。
<この世の最上のわざは何ですか?>
<楽しい心で歳をとり、働きたいけど休み、喋りたいけども黙り、失望しそうなときに希望し従順に・・・>とつづいていくのだけれど。
 彼は、おじいさんになえrなかったけれど、いまも空の上のどこかでこの宣教師の方とおなじようにふるまっている姿が、わたしの目には映っているような、そんな気に駆られた。

       
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