その五四一

 

 




 






 



































































































 

みあげたら みおろされてた まろいひかりに

つまらないことに一喜一憂してしまう。
こういう世の中だから、すべてが数字なのだ。
知っていたはずなのに、今知りましたみたいな感じで、すこしダウナーな気分に陥る。
そういうことのほんとうのなかを覗かないで、淵ばかりみているからちょっとつらくなって。
しばらくするとあほらしくなるのだけれど。
それでもひとは、そんなあほらしいことにちゃんと落ち込む生き物なのだと思うことにして。

出窓の下でこどもたちの声がする。
キーボードの上に指があって、その指がとりあえず仕事をしてくれている時だったので、カーテンを開かずに、その声だけを耳に入れる。
「こんなところに貝殻があるよ」
幼稚園ぐらいの男の子の声。
「だめよ、よそのおうちのものにさわっちゃ」
ってお母さんらしき女の人の声。
だめよの、よのあたりがとてもやわらかくてあたたかい感じだった。
時間が経って、<貝殻>のことは忘れていた。
出かけようと、ポストの下あたりをみると、みたこのない、背の低い円柱型の渦巻き模様がうっすらとみえる貝殻がそこにあった。
誰かちっちゃなこどもが、潮干狩りの帰りにそっと置いていったものかもしれない。

あたらしい場所を訪れる。今まで住んでいた町の中心地のすぐそばにあったのに、しらない場所だった。
ふつうの古くも新しくもないビルだったけど、夕暮れが迫ると、ビルの背中にも夕焼けが差してちがう町に来ているような気持ちになってゆく。
ビルの中で数時間過ごして、出てくるとビルの間から、満月がでていた。こんなアングルから満月をみたことはなかったかもしれない。
わたしが満月を見上げていると、知らないサラリーマンらしき男の人も、つられて空を見上げていた。
あ、満月かって思ったかどうかはわからないけれど、少しだけ口角は上がっていたような。
とっぷり夜になって、家にもどる。扉を開けて入ったあと、ふたたび踵を返す。
あの貝殻はどうしたかなって思って、外灯をつけると、さっきまであったあの渦巻きのボタンみたいな貝殻が、そこにはなかった。まるではじめからなかったようになかった。だれかがまた引き取って行ったのかもしれない。
それにしても、あの形はまったくもって、満月みたいな形だったなって思って、ポストあたりから夜空を見上げて、月を探していた。

       
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