その五六六

 

 




 




 


















 

雨の名を 思いだせない ねこんけあめの

サボテン園のような場所で女の人が、おなじ系統の色を
身に纏ってる。
アロエの葉っぱのぎざぎざしたところの色にも似た色。
ふとキャプションに目をやると、
<エレガント・カーキ>って記されてる。

これってカーキだったっけ?
わたしがずっとカーキ色って思っていたのとは、もしかしたら
真逆ぐらいちがってて。すこし戸惑った。
気になるから調べてみたら、年代でもカーキ色の認識がちがう
みたいなことが書いてあって、オリーブ系からベージュ、黄土色、
などいわゆるアースカラーのことを指すらしい。
土埃っていう意味なんだとか。

ていうことは、信じていた色の名前が、何十年間ちがう色のこと
だったということで。たとえばあれはねカーキ色だったよって
説明していたとしたら、それぞれのカーキでもって、色を想像し
ていたってことになる。
その証明されないすれちがいは、なにか知っていた世界が、反転
するみたいでちょっといいなと思う。
つまりあなたのカーキとわたしのカーキはちがうのに、おなじ
カーキだと思って通じ合ってると思ってたってことで。

その写真。よく西部劇に出てくるような柱型の、サワロサボテン、
弁慶柱ともいうらしいのだけれど。
その色のなかにその女の人が、柱のひとつのようにまるで生えて
いるかのようにそこに立っている。
つくづく色と色の名前ってなんか夢が託されているようで面白い。

この間読んだ新聞の記事。ある詩人の方が学者さんに聞いたお話が、
掲載されていた。
<アフリカのサバンナでは緑が50通り、北極圏では雪の色が30
通りにも識別されていて、それは(そこに住む人々が)自然に
命を預けているからだ>
うわ。色の存在する振幅は、かなりシビアで広いことをそのお話
から思い知らされる。

でも。いちばんさいしょのその色の名付け親はわからないけれど、
色にちゃんと名前があるってことが、ちょっと色の奥行がみえるっ
ていうか。こっちがわにまで、すこしばかりふくよかな気持ちが、
波のように寄せてくるみたいで。色のない日々を送っていると、
そんな一瞬に、色の光が差してゆくみたいですきって、思うこの
頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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