その五七二

 

 




 






 













 

すきだった こころつれづれに うがつあの声

ライブを見る。聞きに行くのではなくてテレビで観ていた。
すごくすきだったミュージシャンだったので、録画してでも
みたくて、いろいろとややこしいことを片付けた後、勢い込
んで、グラスの中にたっぷり入れたストロングの炭酸と共に
見ることにした。

彼もMCで言っていたけど、9年ぶりだという。
いやがうえにも、昔の熱狂みたいなものをなぞりたい気持ち
になっていて。たまにみずからそういう気分にすごく乗りた
がっている自分を発見することがあるけれど。
たぶん、どんなひとにもそういう瞬間はあるんだと思う。
たとえ幾つになっても。
で、始まった。じゃじゃんみたいな感じで。
でもなんか違う。こんなんだったっけ。こういうのをいいっ
てわたしは思ってたのかな? ってちょっとよくとらえられ
ない気持ちが凪の後の静かな波のように繰り返しやってきて
あろうことか、FFにしてしまった。

わたしがそのミュージシャンを好きだったことを知っている
人にそんなことがあったんだよ、自分の行動が信じられなかっ
た。だってSSさんのライブを早送りしたんだよ。少し凹ん
だっていう事実を言うと、だってずいぶん昔だもん、そりゃ
趣味も変わるよってあっさり言われて。それもそうかと思っ
たけれど。でも、心の中ではまだどこか納得していなくって。
だって、あの人のメロディも声もリリックもどれだけ心に刺
さったことよとかって思って、ちょっとほこりにまみれてる
CDに詰め込まれた収納ケースを出してきて、おそるおそる
再生した。部屋の中に彼の秋を思わせるようなしゃがれた声
が、響き渡った頃、ふいに昔聞いていたあの頃がそこに違わ
ず再現されたような気持ちになった。そしてこの彼の詩に、
わたしはどれだけ貫かれてきたのかをあらためて思い出して
いた。そらぞらしいこと、世の中は決してシンメトリーなん
かじゃないことを、もいちど確認していたようなそんな時間
だった。

あの日のライブはなんだったんだろう。ちょっと幻を見た
っていうことにして。ライブっていうからには、やっぱり
現場を目撃することでしか、成立しないのかもしれないと
思う。行けなかったライブってほんとうはあそこに、行き
たかったのにっていう邪念がほんと邪魔して、ミュージシャ
ンの一挙手一投足に没頭できないせいなのだ。

彼のリリックがメロディに乗って運ばれてきて、言葉が痛
いっていう感覚が、じぶんの中によみがえってきてかなり
うれしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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