その五八〇

 

 






 







 


















 

生まれた日 おしまいの日 ふれあったような

その男のひとは、起きた事件の情報をもとにをすらすらと
黒板に数式にして解いてゆく。ときどき、頭の中の理解と、
チョークを持つ手の速さが追い付かないみたいに、もどか
しそうに、チョークをへし折りながら方程式を重ねてゆく。

どうして、どこかのひとがさして計画性もなく、なにか罪
をおかしたというのに、そんな数字や記号のつらなりが解
析されて、捜査のヒントになったり犯人確保のための手が
かりになっているのかわからないのだけれど。
それを解いている彼の目が、すでになにかを掴んでいるら
しい目で。
こちらがわからないのに、彼は先を見通しているらしい、
とにかくわからないひとは、とやかくなにも言わないで
「ぼくを集中させてほしい。静かにしてほしい」って父親
と兄にいらつくところなんて、すごくすきだ。

天才がひとり家にいると、たいへんなんだってことを知っ
ている家族なんてほんとうにまれだろうけど。
彼をとりまく家族のたたずみかたに、きゅんとしたりする。
そして、この数字と記号軍の組み合わせで、お兄さんであ
る特別捜査官にとって、犯人を捕らえるための手がかりに
なっているところが大いにあるのに彼は、解いてしまった
らじぶんの手柄にしようとしないところ。そういうところ
も、にんげんてきに好みだったりする。

ひとのあたまのなかのことは、なかなか未知だからゆえに
みりょくてきだとおもうし。こわいのだけれど。

でもよく見ていると、彼だって起きたことには対処できる
のだけれど。これから起こること、事件がらみでないこと
はなにも予測できないところも、親しみがわく。

この間、聞いた言葉。
<先を見ても点と点はつながらない。
振り返って初めてつながる。
 将来、点と点がつながると信じるしかない>

これは、スティーブ・ジョブズの言葉だよって教えられて、
もういちどその文字の連なりを追ってみると、ふしぎな気
持ちがしてくる。
最後の<信じるしかない>ってところに胸を打たれる。
振り返ったとき、あの点と点はつながっていたんだって。
はじめの点に出逢ったときは、なんにも予測できなかった
のに。じぶんの数少ないかけがえのない記憶を手繰る時、
ただ<ありがとう>しかいえなくて。
ひとって、なにかをほんとうに伝えたいときにはそこに
いないんだなって。ちょっとあとで宙にこえを放ちたく
なりそうな、そんな予感がしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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