その九







 







 





 

シャボン玉にかすかに映るささやかな虹をいつまでも見ていたら、
あたしはその透明で七色に光るしゃぼんの中にすっぽり入っていました。
木々のみどりや家並みや知っていたはずの空の雲もここからみえる風景は
あたらしく、あたらしいことはあたしをいつもどぎまぎさせるけれど
いつまでも見ていたい眺めでした。
不思議な気持に包まれながら身を任せていると
そのしゃぼんの中でひとりのおとこのこに出会いました。
そのおとこのこはあたしに言いました。
『たとえば、きみの見ているその虹をいちど潜ってしまったら
きみはぼくになるとしたらきみはどうする? くぐりたいどうしたい?』

そのおとこのこは腕を組んでそんないたづらしてるようなからかってるみたいな
質問を投げかけてきたのです。
わからないときわたしはひっそりと黙ってしまうのがくせでした。
するとそのおとこのこはすかさず聞いてきました。
『そんな話しをさ、きみは信じる? 信じたい?』
あたしはしゃぼんのガラスに映った虹を見ていました。
そのときあたしは思ったのです。
その背の高いちょっとかっこいいおとこのこになってみたいと。
あたしは冒険がしたくてうんと返事しました。
そしてあたしは彼と手をはじめてつないで虹の下を潜ってみたのです。
いつのまにあたしはかれでかれはあたしになっていたのかもわからないぐらい
かれはあたしでした。
あたしになったかれは自信なげにそのしゃぼんの部屋に佇んでいます。
あたしになったかれは
『もうぎりぎり。こころのあたりがすっごいせつないんだけれど』と言ったきり
ますますちいさくなってしまいました。

<砂売りが通る>ってふらんすの不思議なことばの意味を教えてくれた彼は
あたしの隣で、うたたねしていたあたしのことを笑っていました。
夢のはなしはとってもじゃないけれど黙ったままでいました。
でもあたしを見て彼は言いました。
『たとえばきみがものすごくみにくい毒虫になっていたとするじゃないそうしたら ぼくはきみを・・・』
そのときまたわたしのそばを<砂売りが通って>あたしは夢の中でした。
だからあたしはかれのその最後のことばがなにも聞き取れなくなってしまいました。 そして夢のなかのあたしはなぜか羽を畳んだり休めたりしながら蝶へと変身する
身支度ばかりしているのでした。

       
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