その十六






 






 






 

ほしいものへの要求がしごく明解で
やなことはやだし、ばかにしたいときはおもいきりしかとして。
眠りたい時に眠り起きたい時にはひとの安眠をかきわけるように
いっしょに起きろとなかば乱暴的にあたしを揺り起こす。
彼はいつの季節も黒いものを着ているから
突然の冠婚葬祭だってちょっとあれんじすればおっけーないでたちだ。
階段をかけのぼるときはいつだってあたしよりも先に
目的地についていなきゃ納得できない負けず嫌いな性格の持ち主。
でも云っておく。
きみが先に日課のようにそこに辿り着いたとしても
きみはきみのほしいものは手に入らないんだよ。
あたしが辿り着くのを待ってしずかにすわっていたって
もしかしたらきみがのどから手がでるほどほしいって叫んだって
むりなときもあるかもしれない。
あたしがきみを愛してるきもちが変わらずにいるから
こやってきみのほしいものをぞんぶんにあげることができるんだよ!・・・。
とかなんとかびしっとたまには云い放ちたいのにあたしはいつも
彼の後ろ姿に追い付いて、かいがいしくも
彼のいまいちばんほしいものをいちはやく察知して
彼に与えてしまう。

背中とお尻のあいだに携えている別の生き物みたいにうごめくそれの先だけを
触っても気づくらしくって、さわんなよ!ってうるさそうにする。
さっきあんなに欲しいっていうから
たくさんあふれるほどにあげたのに
ほしいものをさっさとじぶんのものにしてしまえば
もうあたしなんかはいましばらくはいらないというかんじで
背中を向ける。

死んだらつよいよね〜。そんなことばをある人から聞いたことがある。
やっぱり死んだらつよいのだ。
死んだもの勝ちという意味では決してない。
生きていたときに見返りなんて言葉が存在することを忘れてしまうぐらい
日々の糧を感じていた溺れていた対象が死ぬから
いつまでも心にすみついてしまうのだ。

黒猫が死ぬさいごの日。
彼は桑田佳祐の歌う『花』を聞きながら死んでいった。
あたしはいつものようにあの尻尾をつつむように触った。
それはあたしに抗うことなくてのひらにゆだねられたはじめてのこと。
拒んでほしい。じゃまくさそうにうごめいてほしい。
人も猫も死んでからやっとじぶんのものになってゆくのだ。
そしてこころにずっと棲みつづけてあたしをいまだ翻弄しつづける。
もう9ヶ月も前の出来事だ。
きのうすこしだけページをめくって見つけた詩のことば。
いきものすべてに捧げる『尾のような』というの最終行の7文字に
身動きがとれなくなってしまった。

・・・「泣くとやばいよ」。

       
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