その二九







 








 









 

五線紙の いちばんさいごの 音符のような

きのう公園のベンチでとなりあわせたおばあさんは
ひとりソフトクリームを嘗めていた。
ちっちゃい彼女は足をぶらぶらさせながら。
とくべつの農場でつくられたミルクがたっぷり!と
でっかく書かれたのぼりの下でわたしはみずしらずの
彼女とふたりいた。

おいしいかたちはどんどんなくなってゆくけれど
ちらりと視線のあったそのおばあさんは
しあわせそうに目を細め至福の時間の真只中にいることを
その顔で道行く人におしらせしている
恰好のキャンペーンガールのようだった。

もうずっと昔、不思議な学校に通っていたころ
わたしの友人は、その入学試験で試験官にこういわれた。
『アイスクリームになった気持でいまからここで演じて下さい』
試験の出題者ってひとはほんとうにすこぶる性格がわるい。
ジャージ姿の友人はとにかくからだをひねったりらせんにしたり
しながらその問題と格闘していたらしい。

で、ふと思ったのだけれど。
きっとあのちっちゃなきのうのおばあちゃまなら
なんかなんの衒いもなくそれを演じきってみせそうだと。
んなわけはないことわかっていますが、
彼女がソフトクリームのおいしさの常識を超えてしまうぐらいの笑顔で
ゆっくりとスプーンを運んでいた顔が何故だか忘れられません。

そこにあるかたちにまっとうにうつつをぬかしながら
時間を泳いでみせる。
おいしいって。
となりのひとへと幸福のかたちが伝染しながら
いつのまにかこころのなかに棲んでしまう
時間のことだと知りました。

       
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