その六一






 














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

ゆのなかに せいとかしとか とけてゆくだけ

小さなギャラリーで、青と紫に光る
ちいさな万華鏡を買った。
十字架みたいな形をしているそれの
よこにやさしくつらぬかれたガラスの棒を
くるくるまわすと、ビーズのような粒や星が
オリーブオイルに似た色つきの
とろんとした水の中で泳ぎながらおちてゆく。

ダイニングキッチンの灯りの下や
廊下の淡い間接照明の下
じぶんの部屋のぼんやりした傘の下。

丸くちいさく開いた窓から覗いていると、
花の開花を高速度で垣間見ているような
ふしぎな気持ちに一瞬なる。

おもいっきり咲いては散ってゆく
人工の花。
触れることも飾っておくことも
できないけれど
のぞんだときにだけ咲いてくれる花。
その花は土の上ではなくて
海のただなかで咲いているかのようだ。

銀色の星や三日月やビーズよりも細やかな
紫色の粒は、どこかの海に住む
名も知らない生き物の
夥しいぐらいのたまごのように
ひとつになって
転がるようにひかっている。

いつから好きなのかとか
どうして好きなのかとか
そういうことは忘れてしまったけれど。

いつもそれの存在にきづいては
しらないふりをしていたのだ。
いつ刷り込まれてしまったのかわからないけれど
それはとてもあぶないものだと
おそれていた。

ちかづいてしまったら
きっとおぼれてしまうかもしれない。

きっとこんなにちかづきたくなるのは
それにあやういなにかが潜んでいる証拠なのだと
ずっと遠ざけていた。

そんなあこがれが続いていたせいかわたしはずっと
思い違いをしていたことがひとつだけあった。
万華鏡はあふれる光の中に翳してみるのではなくて
どんな闇にあってもきらめいているものだと
そんなおろかな幻想を抱いていたのだ。

映画館みたいに闇のなかでしかみえない
あの甘美な仕組みを再現したもののように
感じていたのかもしれない。

夜眠る前に活字に触れた目を癒すように
それをのぞくとわたしは スイッチを切って眠る。

そして眠りにおちるほんのつかのま
闇のなかでちかちかと、ちりばめられた光の渦が
残像のようにフラッシュバックする。

まだ手にしたことのない万華鏡を夢見るかのようだと
思う一瞬。

あぁやっぱりいけないものを手にしてしまったと
甘い後悔をよぎらせながらわたしはすでに
おぼれているじぶんにきづいてしまう。

       
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