その八十







 





 



























  冬の日も ほのおも星も 水でできてる

水の路をたゆたうゴンドラに乗っている

視線で、 風景の映像を見ていた。

きもちいいアーチを描いた橋をくぐるとき
一瞬、目の前が暗くなる。
そしてゆっくりと渡り終えた時もういちど
光が戻ってくる。

視線の両側には水の上に建っている建物の
ふあんげなたたずまいが、永遠とつづく。

建物の裾は、もうずいぶんと長い間、
水浸しになっているのがわかる。

揺らいでいるものをずっと見ていると
どうしようもなく、そのゆらぎが
からだのなかに沁みてくる。

場面がすっとしずかに騙されたように変わると、
映像は恰幅のいいふたりの漁師を映していた。

まるい円を描くように網を放つと
しだいにその円周を狭めながら
魚を捕ってゆく。

彼らの作戦は魚をじょじょに
円の中へと追い詰めてゆくのだが
そこには微塵の猛々しさもなく
彼らの動作も表情も
とても獲物を捕まえる人の
それとは思えないほど、
とても柔和でゆったりとしていた。

魚を獲ることのよろこびよりも
魚を愛でているようなそんな漁師達の
一連の動きに、目を奪われていると
にぎやかな映像へと切り替わっていた。

この町の人たちは1年の半分の月日を
カーニバルに費やすという
冗談みたいなテロップがとつぜん流れる。

半年もの時間をじぶん以外の誰かになったり
そんな誰かになっている人たちを
見ているのが好きな人たち。

途方もなくきらびやかな狂乱のシーンが終わると
ふたたび船が水の上をたゆたっていた。

しばらく水の流れに身を預けている気持ちで
眺めていると、とつぜんゴンドラの
舳先のあたりに雪が舞いおちてきた。

水の路に生まれては消えてゆく
雪のひとひらが、水面に触れたとたんに
どこか水の奥のほうへと吸い込まれてゆく。

この町の映像を見れば見るほど
危ういということへの輪郭がどんどん
ぼやけてゆくそんな深みにはまりそうに
なっているなんて
あぶないなぁじぶんと思いながら、

それでもふたしかなものだけがしっかりと
存在している異国の町へ
いつか訪れてみたいと、
大切にしている一冊『ヴェネツィア』を
真夜中にひさしぶり繙きたくなっていた。
       
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