その一九九

 

 






 







 








 

かけめぐる 生まれるまえに 知ってたような

あたらしい手帳を使いはじめて暫く経つのに
まだどことなくよそよそしい。

白いページの上で文字が気を遣ってる感じがする。
一月はいつもそんな感じで過ぎてゆく。
はじめてのものやことに、すっと馴染めないって
おとなになってもささいなことで顔をだす。

手帳がいい感じに使い古されたり。
手に馴染んできたりするころに、そんな気配は
消えている。

白い紙の緊張感。
汚しちゃいけないとか、傷のないものに対するときの
ある種の距離感がペンを持つ手に伝わってしまうのかも
しれない。

白い紙と書いていて思いだしたことがあった。
ついこの間、母が一度着たけれどあんまり温すぎるから
いらないわとキルティングされたコートをわたしにくれた。

小田急線に乗っていた時の帰り道。
指先がかじかんできたのでポケットに手をいれると
指先に紙のようなものが触れた。

短冊をもっと細く短かくしたような分厚そうな紙を
探っていたら二つそれはあった。

なんだろうって手に取ってみると
香水が染み込ませてある、お試し用のシートだった。
(あのシートの正式名称を忘れてしまいました)
ブランド名が印字された、真っ白いその紙には
<beyond paradise>って記されていた。

鼻にちかづけてみても、もうその香りはとっくに
消えていたけれど、でもじっと匂いを手繰っていると
微かに、つんと涼しげなとがった香りがしてくる。

香水好きの母がいつか立ち寄った化粧品売り場で
試した残り香だった。

ずっと誰もしらないままコートのポケットの中で香りを
放っていたんだなって思うと、なんだか親しみが湧いてきて、
あの細長い白い紙をしばらく栞代わりにしていた。

今はどの本に挟んだのか忘れてしまったので
また行方知らずになってしまったシートだけれど
こんど、本のページにみつけたときは
そこに漂うことのない<天国の向こうに>って感じの
匂いをすごく知りたくなっているような気がする。

       
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